「学園祭の企画か~……どうしよう」
先生達が会議室から去っていく姿を見送りながら、俺は呟いた。
今年、初めてクラス担任を受け持った俺は、今までに学園祭の企画提案という経験がない。
だが、近藤先生があれだけ気合をいれているのに、全てを生徒任せというわけにもいかないだろう。
そう思って悩んでいると、隣りから声をかけられた。
「大丈夫ですよ、土方先生」
その声に顔を向けると、オキが笑顔で立っていた。
「企画提案は、副担任の俺も協力するから。一緒に色々と考えよう」
オキはそう言ってくれるけど、無趣味の俺とは違ってオキは色々な部活の顧問を掛け持ちしている。
それらは文化系ばかりなので、この時期はオキは毎年、何かと動いている。
「……でも、沖田先生は写真部やパソコン部の方で大変なんじゃないの?」
俺が少し拗ねたように言うと、オキがおやっというような表情をみせ俺の耳元へと唇を寄せた。
「俺が雪ちゃんを最優先しないわけないでしょ?」
「オキ!」
吐息とともに低く囁かれて、俺は慌てて耳を抑えてオキから離れた。
俺がいつもの呼び方で呼んでしまったことがオキには狙い通りだったようで、楽しそうに言葉を続ける。
「それにあいつらは放っておいても、しっかりやりたいことをやるから、今年はクラスを優先しても大丈夫ですよ」
「なんだったら、僕も協力するからね、雪くん」
突然、オキの後ろから陽愛くんがひょこっと現れて、そんなことを言った。
「なんでおじさんがそこで出てくるの? アンタは自分のクラスの担任をサポートしなさいよ」
オキが呆れてそう言ったのに対して、陽愛くんはふて腐れたように言い返す。
「僕のところは近藤先生が完璧だから、僕は特にすることないし」
「でも、美術部の方があるでしょ?」
「美術部は各々で作品を仕上げるだけだから」
俺からの問いに陽愛くんは笑顔で答えた。
そもそも、あの近藤先生のクラスの副担任でありながら、まったくやる気を出していない陽愛くんはさすがというか……本当にいろんな意味ですごい人だと思う。
「だから何かあったら言ってね」
「ありがとう、山南先生」
陽愛くんの気持ちを受け取って俺が礼を言うと、一連のやりとりを見ていたらしい涼介が残念そうに言った。
「出来るなら俺も土方先生の力になりたいけど、家庭科部があるから……」
「その気持ちだけでいいよ。お前が家庭科部をほったらかしたら、お前目当てで入ってる女子達に俺が恨まれる」
俺が冗談半分で笑いながらそう言うと、いきなり右手を涼介の両手で握り締められた。
そして、真っ直ぐに顔を覗きこまれる。
「でも、本当に何か必要だったら言ってね。家庭科部の合間をちゃんと作るから」
「あ……ありがとう。斎藤先生」
あまりに真剣な涼介の様子に俺が戸惑いながら返事を返すと、今度は春樹が騒ぎだした。
「ちょっと! 合間を作るなら、涼は俺を手伝うのが普通でしょ。涼は俺のクラスの副担任だろ。だいたい、俺だって雪ちゃんの力になりたいんだから、みんなだけズルいよ!」
その春樹の訴えに涼介はため息とともに呆れたように言った。
「どうせお前はお祭り好きなあいつらと勝手に決めるだろうが。みっともない企画はやめろよ」
「うわ~……副担任の仕事放棄した」
涼介にきつく言われて、春樹が落ち込みぎみに呟く姿に俺と陽愛くん、オキの三人は小さく笑ってしまう。
これじゃ、どっちが担任で副担任なんだか。
でも、涼介の言いたいことも一理ある。
涼介の言う『あいつら』とは春樹のクラスの生徒のことだが、なぜか関西の生徒が多くとにかく色々な意味で賑やかだ。
その生徒と春樹が同じノリで騒ぐものだから、涼介が本気で説教している光景を見ることも少なくない。
「まぁまぁ、人手が必要なら俺も手伝うから」
「やっぱり雪ちゃんだけだよ、俺のことわかってくれるの~!」
とりあえず俺が春樹を慰めると、いきなり涙目の春樹に抱きつかれた。
「このハルバカ!」
「どさくさ紛れに雪乃くんに何すんだよ!」
「ほら、オキと涼が苛める!」
二人に怒られ春樹がそう訴えると、今まで黙っていた陽愛くんが笑顔で言った。
「春ちゃん、抜け駆けは許さないからね」
「…………」
その言葉に春樹だけでなく、みんなが言葉を失った。
笑顔だけど……声が全然笑ってないよ、陽愛くん。
そもそも、この状況って俺どうしたらいいの?
「と、とにかく近藤先生の期待に応えるよう、みんなで頑張ろう!」
なんとか空気を変えようと俺が呼びかけると、みんなも各々返事をしてくれた。
うん、俺達が協力しあえばきっといい案の一つや二つ、すぐに浮かぶだろう。
こうして俺達の学園祭準備はスタートしたのだった。