女王様と初下校・3

「昨日……八神と瀬戸がなんだか羨ましかった。あの二人はお互いに色々知ってて、冗談も言い合える友達なんだなって。俺はお前と、そんな関係になれなかったから……」

 完璧で、誰もが憧れる優弥がこんなにも一人で悩んでいたなんて千歳は知らなかった。
 それもそのはずだ。
 会えば特に会話もなく、抱き合うことしか自分達はしてこなかったんだから。
 もっと優弥と色々な話をしておけばよかった。
 学校のこと、お互いのこと……。
 もっと早くから話せていれば、自分達の関係は変わっていたはずだ。
 優弥がこんなに苦しむこともなかったのかもしれない。
 でも、今なら……優弥の気持ちも自分の気持ちもわかる。
 自分達は、同じ想いのはずだ。

「和彦と亮太みたいになんでも言い合える友達が羨ましかったって……優弥、俺とそんな関係になりたいの?」

 わざと試すように、優弥に聞いてみる。

(なんでも言い合える友達。そんな関係で満足出来る俺達じゃないよな?)

 優弥から視線を逸らすことなく、千歳は優弥の答えを待つ。
 逆に優弥は、千歳の視線から逃げるように下を向いてしまった。

「……初めてお前を誘った時、あんな言い方だったから……伝わってないと思うけど……」

 下を向いたまま、優弥が小さく話し出した。
 優弥が言っているのは、中等部三年で初めて同じクラスになった年のことだろう。

『お前、結構遊んでるみたいだけど……セックス上手いの?』

 そう聞いてきた優弥。

『試してみる?』

 そう答えた千歳。
 あの時から自分達の関係は明らかに変わったけれど、本当はもっと前から変わっていたはずだ。
 それよりさらに二年前の春。
 あの桜の中で出会った時から、すでにすべては始まっていたのだと思う。

「本当はあの時よりも、ずっと前から……俺、お前のこと……」

 そこまで言いかけた優弥の言葉を、千歳は遮って喋り出す。
 今の言いかけた言葉で、優弥の気持ちが自分と同じだったって、はっきりわかった。
 それなら、これは自分の方から優弥に伝えるべきことだ。

「俺、優弥のことが好きだ。中一の桜の中で会った時からずっと、優弥のことが気になってた」

 千歳の方から言うとは思っていなかったのだろう。
 優弥は驚いた表情で、真っ直ぐに千歳を見つめていた。

「優弥を初めて抱いた時から、ずっと俺だけのものになって欲しいって思ってた」

 千歳の告白を聞きながら、いつの間にか優弥の瞳から涙が零れていた。
 でも、その涙の意味がわかっている千歳は、あえてそれを拭わない。
 その代わり、優弥の両肩に手を添えて、身体を自分の方へ向けさせると、優弥の目の高さに合わせて微笑んだ。

「俺の恋人になってください」

 そう告げた途端に、優弥は千歳の胸へと飛び込んできて、泣き出した。
 そんな優弥の背中に腕を回し、優しく抱き締めてやる。

「優弥は意外と泣き虫だなぁ」
「急に……お前が……そんなこと言うからだろ」

 泣きながら、いつもの女王様口調に戻った優弥に千歳は少し意地悪をしてみる。

「それで返事は? 泣くってことは嫌なの?」

 千歳の言葉に、胸から顔を離した優弥は拗ねたように言う。

「聞かなくてもわかるだろ」
「優弥の口から直接聞かないとわかんない」

 千歳が不貞腐れたように言うと、優弥は照れ隠しのためか、少し乱暴に重ねるだけのキスをしてきた。

「これでわかれ! 馬鹿」
(……馬鹿って)

 でも、そんな憎まれ口を頬を染めながら言うあたりが優弥らしくて、千歳は笑みを零す。

「ほんっと、素直じゃないんだから」
「……嫌なのかよ?」

 千歳の言葉に、優弥が途端に不安そうな表情で聞いてくる。

(ほら、こういう顔をされちゃうから……)
「可愛くて仕方ないんだよな」
「……」

 今度は何も言い返さずに、優弥は下を向いてしまう。
 赤く染まっている頬の涙を拭いてあげると、優弥が真剣な表情で千歳の顔を見つめてくる。
 何事かと思っていると、優弥は千歳の左頬にそっと右手で触れてきた。

「……顔、叩いてごめん……痛かった、よな?」

 あまりに意外な言葉で、千歳は少し驚いた。
 そんな前のことを優弥が気にしていたなんて。

「冷却シート貼ってたから平気だよ。優弥を傷つけたことに比べれば全然」

 優弥の添えられている右手に、自分の左手を重ねながら千歳がそう言うと優弥は少し安心した表情を見せた。

「……そんなの貼るほどひどかったんだ。ごめん……せっかくのイケメン顔なのにな」

 珍しい優弥からのほめ言葉に、千歳はついつい調子に乗ってしまう。

「優弥……俺の顔、好き?」

 当然、千歳はいつもみたいに『馬鹿!』って怒られると思っていた。
 それなのに……。

「……うん」

 優弥は恥ずかしそうに少し俯くと、小さく答えた。
 今まで、千歳はそんなにこの顔にありがたみを感じたことはないが、さすがに今日はこの顔に産んでくれた両親に感謝したくなった。

「でも、まさか……俺の顔だけがいいなんてことないよな?」

 念のため、千歳がそう聞くと優弥は不貞腐れて言う。

「俺は自分を安売りするつもりはない。外見で寄ってきた、お前が今まで抱いた女達と一緒にするな」
(もしかして……優弥、俺が抱いてきた女達に嫉妬してくれてる?)

 そうだ、優弥はちゃんと千歳だけを選んでくれていたのだった。

「優弥っ!」
「わっ、ちょっと、高瀬!」

 いきなり抱き締められて驚いている優弥に、千歳は強引に唇を重ねた。
 ここが外で、誰に見られるかわからないことなんてすっかり忘れていた。

「んっ、んん……」

 抗議しようと開かれた優弥の唇に舌を入れ、深く絡めていく。
 最初は抵抗していた優弥だったが、しばらくすると全身の力が抜けて千歳に身体を預けてくれる。
 そんな優弥を、千歳がそのままベンチへと押し倒した時だった。

「ば、馬鹿! こんな所で何するつもりだ!」

 必死にそう叫んだ優弥の声に、千歳はここが外だと言うことを思い出した。

「あ……ごめん」

 落ち着きを取り戻した千歳は、涙目になっている優弥の身体を起こしてやりベンチに座り直す。

「…………」

 お互いに黙ってしまって、気まずい雰囲気になってしまった。

(……このまま、優弥を帰したくない。まだ、優弥と一緒にいたいな)
「あの……さ……」

 少し緊張しながら声をかけると、優弥が千歳の方を向く。

「俺、もう少しだけ優弥と一緒にいたいんだ。今、親が出掛けてていないんだけど……家、寄ってく?」

 千歳がそう言った途端、優弥は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

(うわっ、可愛すぎる)

 千歳にだって多少の下心がなかったと言えば嘘になるが、ここまであからさまに反応されるとなんか……こっちまで照れる。
 この反応は期待していい、ということだろう。

「優弥の都合さえよければ、俺の家に行こう?」

 優弥の態度で自信がついた千歳は、ベンチから立ち上がりちょっと強気にそう言ってみた。
 すると優弥は小さく頷いて、自分も立ち上がった。