第37話

 せっかくストーカー事件も解決して、週明けは平穏な学校生活が迎えられると思っていたのに……俺は相変わらず気の抜けない生活を送っていた。
 それは何故か……?
 理由は……あの四人を避けているからだ。
 ストーカー事件が片づいたあの日、春樹に抱かれた後に気を失った俺は、意識が戻ると同時にまたもや四人に攻められた。
 そして、俺が寝ている間は我慢したというオキと涼介に立て続けに襲われたのだ。
 はっきり言って、男に抱かれるなんて初めての体験で、しかも陽愛くんと春樹の二人も相手をしたのだ。
 その後に、オキと涼介の相手をする余裕も体力も俺に残っているわけがない。
 それなのに、抵抗も出来ないくらいに弱っている俺を二人は抱いた。
 俺をそこまで弱らせた原因である陽愛くんと春樹も俺を助けるどころか、二人に協力して俺の弱い部分を攻め、追い打ちをかけてきた。
 そんなわけで、失神からそのまま眠りに入って目覚めた次の日の朝……誰よりも先に起きた俺は、夜のうちにみんなが身体を綺麗にしてくれていたのをいいことに、取る荷物もとりあえず……シェアハウスから逃げ出した。
 だって、恥ずかしいし腹が立つしで、どんな顔でみんなに会えばいいかわからなかったから。
 最初は自宅へ帰るつもりだったが、みんなが押し掛けてきても困るので俺はしばらく実家へと身を寄せることにした。さすがに、ここまでは来ないだろう。
 突然の息子の帰省に家族も驚いていたが、特に理由を問いただされることもなく安心した。
 まさか、男にストーカーされて、それを助けてくれた男の同僚達に襲われてどうしていいかわからないからなんて説明出来るわけもない。
 なんて今の状況を改めて整理すると、あまりの情けなさに改めて一人で落ち込んだ。
 冷静に考えれば、あの時の俺はやっぱりどこか酔っていたんだと思う。
 じゃなかったら、自分から抱きついたり「脱いで」なんて言ったりもしなかったはずだ。
 そんな戸惑いの中、実家から来た学校では当然四人が待ち構えていたが、俺はなんだかんだと理由をつけ五人だけにならないように気をつけた。
 二人っきりになりそうな時も、周りにいる先生や生徒を巻き込み、あの時の話題を出させないようにした。
 さすがに、みんなの前でそんな話をすれば俺に嫌われるとわかっているのか、四人もそこまで無謀なことはしてこない。
 いつまでも、逃げ切れるとは思ってないけど……今はまだ、気持ちの整理がつかないよ。

◆     ◆     ◆

 四人との気まずい距離を保ちながら次の週末が近づきそうなころ、放課後にクラスの学園祭準備で教室に残っていた俺は油断していた。

「雪ちゃん……」
「オキ……帰ったんじゃ……」

 もう芝居の練習を終えて、みんなとっくに帰ったと思っていたのに、いきなり教室に現れたオキに俺は驚いてしまった。

「衣装の直しがあったから」
「あ、そうなんだ……」

 俺の疑問に答えながらオキがイスを引いて隣りに座ってくる。
 あの日以来、二人でこんな距離に近づいたのは初めてかもしれない。
 まずい、二人っきりになっちゃった。でも、ここでいきなり帰るのもあからさま過ぎるし……どうしよう。

「…………」

 緊張して俺が黙っていると、オキも何も言わないものだから無言の時間が流れていく。
 あまりの気まずさに俺が限界をむかえようとした瞬間、オキが小さく呟いた。

「家……戻ってこないの? みんなも心配してるよ」
「…………」

 返す言葉が見つからず俺が黙っていると、オキは静かに言葉を続ける。

「……いきなりあんなことされて俺達のこと許せないかもしれないけど……俺達、本気で雪ちゃんのこと好きだから我慢出来なかった。せめて、最後に俺達から言い訳もさせてよ……」

 オキの口から出た『最後』という言葉に胸がチクッと痛んだ。
 今まで、なんだかんだと五人で仲良くやってきたのに、俺達の仲は……このまま終わっちゃうのかな?
 それを少し寂しく感じながら、俺は答えた。

「……週末には帰るよ」

 いつまでも、今の状態を続けるわけにはいかない。はっきりとさせなくちゃ。
 すると、安心したかのようにオキが小さく笑った。

「そっか、みんなにも伝えておく」

 そう言うと、オキはイスから立ち上がり教室から出て行こうとした。
 そして、入り口付近で立ち止まると振り返ることもせずに一言、呟いた。

「雪ちゃん……好きになってごめんね」

 その言葉のあまりの衝撃に俺は何も言えずに無意識で立ち上がってしまったが、オキはそのまま教室からいなくなってしまった。

(あいつ……あんな表情することあるんだ)

 学校でも家でも、どちらのオキもいつも不敵な笑みか可愛いアイドルスマイルしか見たことがない。
 あんなに悲しそうに笑うオキを初めて見た。
 俺は……しばらく動くことも出来ずに、その場に立ち尽くしていた。