(どうやって話を切り出そうか?)
千歳は歩きながら、本題を話すタイミングを考えていた。
他愛もない会話から……と思っても、その他愛もない会話すら思いつかない。
ゆっくり話すには、どこかで落ち着いた方がいいが、お店などに入ってしまうと周りが気になって話どころじゃないだろう。
「……瀬……高瀬!」
「えっ、何?」
自分を呼ぶ声と、後ろに引っ張られる感覚に千歳は我に返って立ち止まった。
「歩くの……早い」
千歳のブレザーの裾を右手で掴んでいる優弥にそう言われて、千歳はいつの間にか優弥のちょっと前を歩いていたことに気づく。
「あっ、ごめん!」
考えごとをしていたせいか、歩く速度があがっていたようだ。
謝って優弥の顔を千歳が覗き込んだ時だった。
(……え?)
「なにっ、どうした? 急に」
優弥の泣き顔が視界に飛び込んできて、千歳は驚いた。
「……嫌なんだろ?」
「え? 何が?」
言われた言葉の意味がわからずに聞き返すと、優弥は千歳の胸に顔を埋めてくる。
その背中に腕を回していいものか悩んでいると、嗚咽を漏らしながら優弥が言う。
「……やっぱり……俺なんかと、歩くの……嫌なんだ……」
「はあ? ちょっと待て、優弥!」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、ここが一般の道だということも忘れ、千歳は慌てて優弥の身体を抱き締めて、その頭を優しく撫でた。
「優弥と歩くのが嫌ってどういうことだよ?」
「だってお前、さっきから何も言わないし……目だって、合わせようとしないじゃないかぁ」
それだけ言うと、優弥は千歳の胸に顔を押し付け、さらに泣き出した。
「あ~、優弥、とにかく落ち着け。ここじゃあれだから、違う場所で少し落ち着いて話そう。な?」
さすがにいつ誰が通るかもわからない往来の場で、男子高校生が抱き合っているのはまずいだろう。
千歳の言葉に優弥が小さく頷くのを確認すると、千歳は優弥の手を引いてその場から移動した。
◆ ◆ ◆
「少しは落ち着いた?」
ベンチに座らせた優弥に、買ってきたばかりのミルクティーのパックを手渡しながら、千歳はそう聞いた。
「うん……」
受け取りながら小さく返事をした優弥は、涙は止まったもののまだ少し目を赤くしていた。
この公園は、夜になると恋人達の溜まり場になるが、まだ夕方近くの今ならほとんど人の姿も見当たらない。
ここでなら、周りに聞かれる心配もないだろう。
そう思った千歳は優弥の隣りへと自分も腰を下ろす。
「で、さっきの一緒に歩くのが嫌って何? いつ、俺がそんなこと言った?」
「……言ってないけど」
千歳がわざと怒ったように言うと、優弥は拗ねたように答える。
千歳はそのまま責めるように言葉を続けた。
「じゃあ、なんでそういうふうに思ったわけ?」
「……だって正門出てから、一言も喋らないし……どんどん先に行こうとするし……」
「それに関してはごめん。ちょっと考えごとしてたら、集中しすぎちゃって」
少しずつ話し始めた優弥に千歳は素直に謝った。
自分から誘っておきながら、あの態度はないだろうと、今さらになって千歳は反省する。
「……やっぱり、他の男とキスするような俺なんか……高瀬は嫌いになったのかと思った……」
震えるような声で、そう呟いた優弥を、次の瞬間千歳はしっかりと抱き締めていた。
「あれは優弥のせいじゃない! 不可抗力だ」
「でも、俺が相馬を生徒会室に入れなければ、あんなことにはならなかった! どうなるかなんて、わかっていたのに……」
千歳の耳元で優弥が辛そうにそう言った。
きっと、あれからずっと優弥は自分を責めていたのだろう。
やっぱり、昨日は家まで送っていくべきだった。
千歳は優弥の身体を自分から離すと、その肩を両手でしっかりと掴む。
「それに関して、俺は優弥に謝らなきゃいけないことがある」
「高瀬?」
優弥の顔を真っ直ぐに見て言った千歳に、優弥は何だかわからず戸惑っているようだ。
千歳はベンチから立ち上がると、優弥の正面へと立った。
「ごめんっ!」
「高瀬っ!」
いきなり頭を下げた千歳に優弥が驚いた声を出すが、それを気にせず千歳は謝り続ける。
「優弥が他の奴にも抱かれてるみたいな言い方して……本当はそんなことなかったのに、気づいてあげられなくて本当にごめん」
今はなんともない、優弥に叩かれた左頬が痛む気がした。
でも、あの時の優弥は自分なんかの何倍も心に痛みを感じていたはずだ。
「俺があんなことさえ言わなければ、優弥が相馬を生徒会室に連れて行くことなんてなかった。全部、俺のせいだよ。今さらって思うかもしれないけど……本当に悪かったと思ってる。これでも足りないなら、土下座しても……」
「やめろ! 高瀬っ」
その場に膝をつけて土下座しようとした千歳の身体に優弥が抱きついてきて、それを阻止した。
「優弥……」
「そんなこと、しなくていい。お前のせいじゃないから。相馬から聞いたんだ……俺、『学園の女王様』って呼ばれてたんだろ?」
千歳に抱きついたまま、ポツリと優弥がそう言った。
その称号を聞いたということは、それがついた原因の噂も聞いたはずだ。
(……あの野郎、殴るだけじゃ足りなかったな)
優弥に余計なことを吹き込んだ相馬に、改めて千歳の怒りがこみ上げてくる。
「高瀬?」
いつの間にか恐い表情をしていたのだろう。
優弥が不安そうな瞳で千歳を見上げてくる。
そんな優弥を安心させるために、千歳はすぐに優しく微笑み優弥に聞く。
「それじゃあ……許してくれるの?」
「許すも何も……お前のせいじゃない。あんな噂があったなら、お前がああ思うのも当たり前だ」
「でも、俺だけでも噂じゃなくて、お前を信じるべきだったと思う」
千歳の言葉に、優弥は小さく首を横に振りベンチへと座り直す。
「……俺、知らなかったんだ。自分が学園内でそう呼ばれてたなんて」
少し寂しそうにそう言った優弥の横に、千歳も静かに座り直す。
「あんまり人と関わることってなかったし。お前とだって今日、初めて電話で話して、こうやって一緒に帰ってる」
優弥とこんなに話をするのは初めてだった。しかも、優弥自身のこと。
千歳は黙ってその話を聞いていた。
自分の知らない優弥の心をもっと聞きたかったからだ。