新しい家で、ちゃんと生活できるかな?
引っ越した当初はそんな心配をしていた俺だったが、意外と快適な今の家での生活に少し驚いていた。
学校内では相変わらず俺の周りにはみんながいてくれるし、家に帰っても誰かしらが『おかえり』と出迎えてくれる。
たとえ、誰もいなくてもしばらくすると誰かが帰宅してくるので、ほとんど一人でいるということはなかった。
そんな生活の中、俺の写真流出も落ちついてきているようで俺は少し油断していた。
その日は帰宅すると、まだ誰も帰っていなくてリビングのボードを見ると部活や食材の買出しでそれぞれ寄り道をするみたいだ。
「ん~……みんなが帰ってきたら手料理で出迎えって出来たらいいんだけどな」
いまだに仕事をしているみんなのことを考えると、それくらいしてあげたい気持ちはあるが、なんせ料理に関しては野菜の皮むきで危ないからと言って、包丁の代わりに渡されたピーラーで怪我をするという逆に器用な俺だ。
ここは素直に涼介か春樹の帰宅を待った方が安全である。
そう判断した俺は荷物を二階の自室へと置いて着替えをすますと、リビングで雑誌を見てみんなの帰宅を待つことにした。
ソファに座り雑誌を見ていた俺だったが、ここ最近の学園祭関係の仕事の疲れもあり、徐々に睡魔が襲ってくる。
写真流出の事件で一時期は睡眠もまともにとれなかったこともあり、今のこの状況の安心感に俺はそのままソファで眠ってしまったようだ。
気づいた時には、いつの間に帰ってきていたのかプライベート仕様のオキに起こされた。
「ん……おかえり、オキ。みんなは?」
寝ぼけた目を擦りながら俺が身体を起こすと、オキが隣りへと座ってきた。
「ただいま。みんなは、まだ帰ってないみたいだよ」
「そっか……」
だいぶ時間が経った感覚でいたが、そんなには寝ていなかったようだ。
寝起きでぼんやりとしていると、オキに名前を呼ばれた。
「雪ちゃん」
「ん~……」
そして、何も考えずに俺はオキの方へと向く。
「なに?……んっ!」
すると、いきなり目の前にオキの顔が近づいていて、そのままオキの唇が俺のそれへと重なってきた。
オキの唇はすぐに離れたが、あまりに突然過ぎて俺は呆然としてしまう。
少し遅れて今のがキスだと理解した俺は慌てて口を手で隠した。
「オ……オキ?」
もうすでに眠気なんてどこかにいってしまった。
「今さら隠したって遅いでしょ」
そんな俺の様子にオキはクスッと笑うと、そう言いながら俺の手を握って口の前から退かしてしまう。
「えっ、あ……その……」
両手首をそれぞれ掴まれて動揺している俺を、オキは愛おしそうに見つめてくる。
「可愛い……雪ちゃん」
そして、甘い声で囁くと再度俺の唇にキスをしてきた。
「んぅ……ぁ……」
その顔と声は反則だろ!
そう言い返したいのに、オキの舌に口の奥まで愛撫されると、俺の口からは言葉なんて出せない。
出てくるのは熱い吐息と甘い声だけだ。
オキのキスに翻弄させられていると、いつの間にかソファの上に押し倒されていた。
相変わらず手首はオキに押さえられていて、顔の両脇で動かしても逃げられない。
「オ……オキ、何で……」
「前に覚悟してねって言ってあったでしょ? みんながいないこのチャンスを逃す訳ないじゃん」
オキがそう言いながら、何度も俺の顔へと軽いキスを繰り返す。
「それに、こんな所で無防備に寝てる雪ちゃんが悪い」
「そんなの……あっ……」
言いがかりだと言おうとした俺の口からは、オキが首筋を舐めたせいで変な声が出てしまった。
「んっ、オキ……やめ……」
唯一動かせる頭を必死に動かしてオキの唇から逃げようとするが、それすら許してもらえずにオキが俺の耳へと軽く噛み付いた。
「んぁっ……」
「耳……感じるんだ?」
「あ……やぁ……」
耳を唇で挟んだまま囁かれ、その感覚と声に俺の口からは泣きそうな声が漏れる。
オキがキスする所から、どんどん身体が熱を持って熱くなってきて、俺がボーっとしてくるといきなり鎖骨辺りに痛みを感じた。
「……っ……!」
「これで襟元の開きすぎた服は着られないね……まあ、この時期じゃそんなに薄着にはならないか」
その言葉で、オキが俺の鎖骨辺りにキスマークを残したのだと気づいて、熱に翻弄されていた意識が少し冷静になった。
「ばか、薄着にならないとはいえ、こんなのバレたら……」
最近はオキが提案した学園祭用の写真部の企画協力のため、学校でも服を着替える機会が多い。
その時に、もし生徒にでも見つかったら教師としての立場がない。
俺がそんな心配をしている間にも、オキの舌は俺の首筋をいやらしく舐めている。
「悪い虫避けになっていいんじゃない? 雪ちゃん、モテ過ぎるから」
「んっ、そんな……ぁ、オキ、だめ……」
オキの舌が鎖骨からさらに下へと移動しようとすると、玄関の方からドアノブを開ける音が聞こえた。
「誰か帰って来たのかな?」
オキの意識がそちらに反れた一瞬を狙って、俺はオキの下から逃げ出し、慌てて身体を起こした。
次の瞬間、リビングの扉が開き、買い物袋を両手に持った涼介が現れた。
「おかえり、涼くん」
「ただいま。あれ……オキと雪乃くんの二人だけ?」
何事もなかったかのように言うオキに、涼介は荷物を下へと置きながら聞く。
「うん。山ちゃんとハルはまだ帰ってない」
「そっか。何か空模様が怪しかったから二人が帰ってくるまで降らなきゃいいけどな」
上着を脱ぎながら涼介が陽愛くんと春樹の心配をしているが、俺はまだオキとのことに動揺していて何も言えずにいた。
すると、そんな俺の様子に涼介が不思議そうに聞いてきた。
「雪乃くん? どうかしたの、ぼんやりして……」
「えっ、いや!」
慌てて何かを答えようとしたが、上手く言葉が出てこない。
「雪ちゃん、寝起きなんですよ。ちょっと前までここで寝てたから」
それを見たオキがクスッと笑って俺の代わりに涼介に答えると、涼介が少し驚いた表情をみせた。
「ここって……ソファで? 雪乃くん、風邪とかひかないように気をつけてよ」
「あ……うん」
さらには真剣な様子で俺の風邪の心配までしてくれる涼介に、さっきまでオキとこのソファの上でしていたことを思い出すと何とも居たたまれない気持ちになる。
その空気から逃げ出したくて、俺は慌ててその場に立ち上がった。
「俺……先に風呂入ってくる!」
そう言うと、俺は二人と顔を合わせることもせずにバスルームへと駆け込んだ。