第19話 

 それからも、微妙な加減で度々ちょっかいをかけてくるオキや春樹をかわしながら、俺は割と快適な共同生活を満喫していた。
 誰かしらがいる家の中はいつも明るいし、さらには料理が苦手で完全に外食に頼っていた俺からしてみれば、温かい手作りの料理が食べられることは最大の魅力でもある。
 その楽しみを一番与えてくれるのが涼介で、そのレパートリーは他のメンバーよりも断トツで多く、希望すればたいてい作ってもらえる。
 最も、俺の希望ばかりを最優先に作るものだから、涼介がみんなに怒られることも珍しくない。
 それでも、涼介は今日も俺の希望する夕飯の準備をしている。
 昨夜、見ていたテレビでビーフシチューの特集をやっていて、みんなでおいしそうだ……と話していたのを聞いていた涼介は、律儀にも昨夜のうちに下準備やらをして今日の夕飯を用意してくれているのだ。
 本当なら今日の夕飯担当、俺なんだけどな。
 一応、食事担当などはローテーションで決まっているが、みんなは俺が料理を全くしないということを知っているのでたいてい誰かが代わりに作ってくれるし、そのことを責めてくるメンバーもいない。
 なんか、俺ってば……みんなに甘やかされてるなぁ。

「どうしたの? 雪乃くん。じーっと見て……もう腹減ったとか?」

 学校から帰ると一足先に帰っていた涼介が夕飯の準備をしていたので、部屋着に着替えた俺はソファに座ってその姿を眺めていたのだが、それに気づいた涼介にそう聞かれた。

「いや……俺ってば、ここに来てから一度も食事担当してないじゃん? 今日も本当なら俺なのにさ」
「なんだ……そんなこと?」

 少し気まずい気持ちで言った言葉に涼介は呆れたように答えた。

「そんなことって……!」

 確かに今さらかもしれないけど、一応これでも悪いなって気持ちがあるから言ってるのに!
 そう思って言い返そうとすると、涼介に止められた。

「雪乃くんがそんなこと気にする必要ないんだよ。俺達が好きでやってることなんだから」
「涼介……」

 真剣な表情で言われ、俺の中の怒りが急に鎮まっていく。

「だいたい、それで雪乃くんに怪我でもされたら、それこそ嫌だよ」
「でもさ……」

 確かに涼介の言う通り、包丁で指を切ったり火で火傷したり……俺ならありえるかもしれないけど、それでも何もしないっていうのはやっぱり気まずい。

「だったら、サラダの盛りつけ手伝ってくれる?」

 軽く落ち込みぎみだった俺に、涼介はクスッと笑うとそう提案してきた。

「おう、任せろ!」

 それくらいだったら、安全に手伝うことが出来る。
 たいした手伝いにはならないとわかっていたが、何もせずに見ているよりかは全然いい。
 俺は得意気に返事をすると、それに対して笑いを堪えている涼介を敢えて気にしないことにしてキッチンへと移動する。
 たかがサラダを手伝うくらいで……って俺だって思ってるんだから放っておいてくれ。

「はい、これ」

 俺が手を洗って準備をしていると、涼介が紺のエプロンを手渡してきた。

「え……いいよ、盛りつけだし」

 わざわざエプロンをつけることでもないだろう。
 そう思って断ろうとした俺だったが、涼介が拗ねたように呟く。

「せっかくだから、雪乃くんのエプロン姿見たいんだよ」

 一瞬、呆れかけた俺だったが、珍しい涼介の年下のワガママを可愛く思えてしまった。

「仕方ねーなぁ」

 俺が受け取ったエプロンを着けると、言葉には出さなかったが涼介の表情が僅かに嬉しそうになる。
 こんな些細なことで喜ぶところは小さい頃と一緒だな~、なんて思いながらレタスを千切っていると、そういえば涼介も俺のことを好きって言ってたんだよな……と、ふと思い出してしまった。
 確かに以前から直接的なアピールはされていたけれども、他の三人みたいに何かをしてくるわけでもないから忘れてた。
 オキ達が色々と仕掛けてきているのに涼介が気づいていないなんてあるはずがない。
 なのに、何かを言ってくるわけでも、するわけでもなく……平然としてる?
 いや、別に何かをされたいわけじゃないから、それはそれでいいんだけど!……それにしても、なに考えてるんだろ、こいつ。

「レタス、終わったら……雪乃くん?」
「あっ……なに?」

 訝しそうに名前を呼ばれて、俺は慌てて返事をした。
 そのまま涼介の視線の先へと目をやると、いつの間にか俺の手にあったレタスはかなり小さいサイズへとなっていた。

「なんか……山盛りだね」

 自分でも自覚はあったが、改めてそう言われると返答に困る。

「あ~……今日はサラダを食べたい心境だったから」

 変な言い訳だが、まさか涼介のことを考えてボーっとしてたなんて言えるわけがない。
 何か突っ込まれるかと思ったが、涼介はクスッと笑っただけだった。
 そして、目の前にあったミニトマトやチーズ、クルトンなどの器を俺へと渡してくる。

「じゃあ、これも雪乃くんが飾りつけして。その間にドレッシングの材料用意するから」
「ドレッシングも作んの?」

 器を受け取って聞くと、涼介はすでに何種類かの液体を目分量で分けている。

「混ぜるだけの簡単なやつだから、それ乗っけたら雪乃くん……これ、混ぜておいて」
「りょーかい」

 とりあえず、見た目でも美味しそうに見えるようにトマトなどで色付けをして、俺は涼介に言われた通りにドレッシングへと取り掛かることにした。

「ただ混ぜればいい?」

 火の加減を見ていた涼介に聞くと、涼介が火を止めて答えた。

「うん。でも、ちゃんと混ぜないと分離しちゃうから気をつけてね」
「はーい」

 返事をしてドレッシングの器を手に持ち混ぜていると、いい匂いの小皿が目の前に差し出された。

「はい、ビーフシチューの味見」
「おお♪」

 湯気のたつそれをフーッと冷まして口をつけると、自然と顔が緩むのがわかった。

「ウマイ! やっぱり家庭科教師の涼介の料理が食べられるなんて贅沢な生活だよな」

 ただでさえ味が保証されてるのに、さらに前の日から下準備までしてある料理が食べられるのは一緒に住んでいるからこそだ。

「ありがと。多めに作ってあるからね」
「ん~、夕飯が楽しみだな」