第26話

「こ、こんな台詞を言わなきゃいけないの? 俺が?」

 そろそろ週末間近を控えたある日の夜、俺は自分のベッドへと腰掛け、オキから渡された簡易的な台本らしきものを手にみんなへとそう問いかけていた。

「雪ちゃんが言わなくて誰が言うんです? 他の奴が言ったって意味ないでしょ」
「いや、確かにそうなんだけど……これって……」

 夕飯の最中にオキから『犯人探しに進展があったから、雪ちゃんに相談したいことがある』と言われ、食後に俺の部屋へとみんなで集まった。
 久しぶりに入ったそこは、自分の部屋だというのにどこか落ち着かない。
 そんな中、オキから渡されたメモのような台本に俺は目を通したわけなのだが、それには俺が犯人らしき人物を呼び出してさり気なく自白を引き出すための台詞がいくつか書かれていた。
 だけど、その設定が……。

「複数の男と身体の関係を続けている、しかも恋愛感情ではなく、って……無茶すぎない?」

 せっかくオキが考えてくれたのはありがたいが、俺にはハードルが高すぎる設定のような……恋愛感情なしで複数、しかも男と付き合ってるなんてどう振る舞えばいいのかまったくわからない。やっぱりこういうことは、気持ちがあってこそのことだと思うし。

「雪乃くんはこんな軽い奴じゃない」

 同じく台本に目を通した涼介が不機嫌そうにそう抗議した。

「そんなこと当然、わかってます」
「本当に雪くんがこんな性格だったら、今ごろ僕達セックス三昧でしょ」
「セッ!……陽愛くん!」

 あまりにも直球な発言を笑顔でする陽愛くんに俺の頬に熱が一気に集まるのを感じた。

「雪ちゃん、ガード堅いですからね。しかも、その初な反応」
「そんな意外そうな反応しないでよ。僕だって男なんだからね」
「いや、そうなんだけど!」

 陽愛くんが笑いながら俺の横へと移動してきて熱くなった俺の頬を撫でてくるので、なんだか狼狽えてしまう。
 だって、天使のような癒し系の顔で、そんな過激発言しないでよ!

「でも、そんな雪ちゃんだからこそ、このギャップがいいよね~。『俺の性癖』……とか、言われてみたい」

 春樹が楽しそうにそう言ってくるが、勝手に期待されても困る。
 こっちは実際にそれを言わなきゃいけないし、言ってる自分の姿を想像するだけで恥ずかしいんだからな。

「そもそも、どんな流れで俺がこのセリフを言わなきゃいけないわけ? こんな設定、どうやって相手に信じさせるんだよ」
「まずはこれから俺達で嘘の演技をして、それを相手の監視カメラで見せる。さらに、明日にでも雪ちゃん本人から相談したいことがあるって呼び出せば、必ず引っかかると思うよ」

 ちょっと待って、何か色々と難しいことをオキはサラッと言ったけど、映像を相手の監視カメラで見せる? 俺が呼び出す?……何のことだか、全然、状況がわからない。

「俺にもわかるように説明してよ」

 全く展開が理解できていない俺からの言葉には陽愛くんが答えてくれた。

「詳しい説明は、僕達の演技が終わってから」
「雪ちゃんに作戦を説明すると動揺しちゃうと思うしね」

 そう言って春樹が俺の右腕を掴んできた。

「な、何?」

 いきなりの行動に驚いた俺へは、春樹ではなくオキが答えてくれた。

「これからちょっとね、俺達4人がDV彼氏を演じるんで、雪ちゃんはそうやって怯えた表情してて」
「はあ? DV彼氏?」

 なんだよ、それ。俺、これから何されるわけ?
 そんな想いが表情に出ていたのだろうか、オキは笑顔で俺の顔を覗き込むと言った。

「安心して、本当に雪ちゃんに暴力振るうわけじゃないから。あくまでもそう見えるようにするだけだよ。でも、何も知らないままだと、さすがに雪ちゃんも可哀想だからね……これだけは教えてあげる。今もこの部屋……」

 そう言ってオキの唇が俺の耳元へと近づき、ボソッと囁かれた。

「ストーカーに盗撮されてるよ」
「……っ!」

 それを聞いた瞬間、俺は驚いてオキの顔を見つめ返してしまう。

「……嘘だろ?」

 その言葉にみんなの顔も見渡すが誰も否定してくれなかった。
 今、この瞬間も正体のしれない相手に見られているのかと思うと、恐怖心が湧いてくる。

「オキってばどS~。今、それを雪ちゃんに教える必要ないじゃん」
「やっぱりショックだよな、雪くん」

 春樹や陽愛くんはそういって俺を慰めてくれるが、相変わらずオキは笑顔のままだ。

「でも、この戸惑った表情の雪ちゃんが一番、自然だもん。あんな馬鹿げたこと、これ以上させられないから……犯人にはしっかり騙されてもらわないとね」

 そっか……オキも悔しいんだよな。だから、絶対に捕まえようとしてくれてるんだ。
 そう思っていると、オキがいきなり両手で俺の胸倉を掴んできた。
 あまりに突然の行動に、俺は驚いて顔をあげ目の前に立つオキを見上げる。
 すると、オキはそのままグッと顔を近づけ言った。

「だから、雪ちゃんもちゃんと演技してよね。可愛い表情なんてしちゃ駄目だよ」
「オキ……? んぅっ!」

 いきなりオキに唇をキスで塞がれ、驚いて声を出そうとしたがそれすらもオキの激しいキスによって遮られる。
 ちょっと、監視カメラがあるって言っておきながら、何やってんだよ!
 オキの行動の意味がわからず俺が逃げようとすると、誰かの手によって強引にオキと引き剥がされた。

「勝手に雪乃くんにキスするなよ! そんなの計画になかっただろ」

 そう言って涼介がオキへとつめ寄ったので、どうやらこの行為はみんなにも予想外だったようだ。
 それでもオキは悪びれた様子もなく答える。

「少し強引にした方がいいかと思って。まあ、思ってた以上に雪ちゃんが受け入れ態勢だったのは嬉しい誤算だけど」

 オキのその言葉に涼介が少しムッとした表情を見せたかと思うと、いきなり俺の方を振り返った。

「雪乃くんも油断しすぎ! そんなだから、やたらと周りの奴に襲われんだよ」

 ちょっと待て、俺は今までに襲われた経験なんてないぞ。敢えて言うなら、そんなことすんのはお前達じゃないか!
 そう反論しようとしたが、春樹に両手首を掴まれたことに驚いて言い返すタイミングを逃す。
 すると今度は陽愛くんが俺の正面へと回り込んで言った。

「雪くんがあまり抵抗しないなら、抵抗出来ないようにされてる芝居にしないとね。春ちゃん、そのまま雪くんの両手抑えてて」
「了解」

 そう返事をしながら、春樹が俺の耳元へと唇を寄せてそのまま噛みついたかと思うと、それと同時に陽愛くんにキスで口を塞がれた。

「んんっ!」

 わざわざ演技なんてしなくても、ちゃんと抵抗するんだけど!
 そう訴えたいのに陽愛くんの唇に塞がれて言葉に出来ない。
 こんな行為をストーカー本人に見せてどうしようっていうんだ。