朝に弱い涼介がテンションは低めだが、そこまで機嫌が悪そうでもなかったので漏らした言葉だったのだが、これが自ら地雷を踏んだことに気づいたのはその後だった。
「だって朝から近藤先生のモーニングコールもらっちゃったら、起きないわけにいかないでしょ」
「モーニングコール? 涼くんには電話で連絡きたの? 普通だなぁ」
オキが意外そうに聞いたので、オキは俺同様に予想外の召集の仕方だったんだなと理解した。
「電話というか、一方的に伝言して留守電になる前に切られた」
それって……涼介が聞いていたから良かったものの、シャワーとか浴びていたら気づかなかったのでは?
そのタイミングすら近藤先生にはわかっているのか?
「あの電話がなければ、もう少し寝れたのに」
「余裕をもって支度出来たんだから良かったじゃないか」
少しふて腐れたようにボヤく涼介に俺がそう言うと、涼介はため息を吐いて答えた。
「だいたい、せっかくのモーニングコールならさ、近藤先生じゃなくて好きな人からもらいたい」
まあ、よく考えてみれば朝一で大先輩の声で起こされたら、なんだか朝から緊張してしまうだろう。
「……確かに」
少し考えてから同意した俺に、涼介は嬉しそうに言葉を被せてきた。
「俺、土方先生からのモーニングコールならすぐに起きれるんだけどな」
「え……?」
涼介の言葉の真意がわからず俺が黙ってしまうと、涼介がその整い過ぎた顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょっと……」
「なんなら、朝一番に土方先生が隣で直接、俺のことを起こしてくれてもいいけど?……昔みたいに」
「さ、斎藤先生……?」
昔みたいにって……そんなの子どもの頃の話だろ!
幼馴染みである涼介とは、小さい頃によくお互いの家へと泊まりに行っていたことがある。
そんな時は、なかなか起きない涼介を俺が起こしてもいたわけだが……今の大人に成長した涼介が言うと、なんか違う意味に聞こえるのは俺だけか?
だいたい、中学辺りから俺に対してそっけない態度取ってたのは涼介のくせに、いつの間にか俺よりも身長伸びて、かっこよくなってるなんてズルいだろ!
冗談なのか本気なのか判断出来ず、そして涼介の顔があまりにも近すぎて、俺はうろたえてしまう。
「そんな他人行儀な呼び方やめてよ……雪乃くん」
さらには低めのトーンで名前を呼ばれ、完全に俺の思考が止まりかけた瞬間、今までおとなしかった二人が恨めしそうな声を出した。
「やっぱり涼くんはエロいですね」
「一番、年下のくせに」
「やっぱりって何だよ! 人聞き悪い」
ムードを壊された涼介が機嫌悪そうに言い返す。
「だいたい、みんなだって似たようなもんだろ」
「でも、俺達はそんな直接的な言い方してないですよ。ましてや、職員室なんかでは」
「そうだ、そうだ!」
……職員室? そ、そうだよ、ここってば職員室じゃん。
オキの言葉で俺は今さらながらに今の状況を思い出した。
大の大人……しかも男だけで、なんて会話してるんだ。他の先生に聞かれたら、絶対に変に思われる。
「そんなことより山南先生! シャツとネクタイ持ってきたから、早く着替えた方がいいよ」
とにかく今は話題を変えることが大切だと思い、俺はあからさまにわざとだと気づくくらいの大声でみんなの会話を遮った。
「おお。いつも、ありがと」
俺の差し出したシャツとネクタイを陽愛くんが笑顔で受けとる姿を見て、今度は涼介とオキが呆れたような声を出す。
「またかよ、山くん。雪乃くんも甘やかし過ぎ」
「雪ちゃんがそこまでする必要ないでしょう」
年下の二人に揃って注意され、一応言い訳らしきものをしてみる。
「でも、陽愛くんはバス通勤だから時間も早いし……」
余りにも二人が睨んでくるので、俺の声もだんだん小さくなってしまった。
すると、俺達の間に割って入った陽愛くんが更なる爆弾を投下した。
「僕と雪くんはみんなが来る前からの付き合いなんだから、この学校では公認の夫婦なの。大人になってからの時間は僕が一番長いんだからね」
「陽愛くん!」
そんな火に油注ぐようなことしないで~!
今ので、明らかに二人の機嫌が悪くなったのがわかる。
「とにかく、陽愛くんは早く着替えてきなって!」
俺は慌てて陽愛くんの背中を押し、その場から退散させた。
今はみんなを分散させることが先決だ。
陽愛くんが職員室から出ていきホッとしていると、ふとオキと涼介が静かなことに気づく。
「どうした? 二人とも」
なんだかうつむき加減な様子に俺が声をかけると、二人がチラッと俺の方を見て呟いた。
「やっぱり雪ちゃんは山ちゃんがいいんだ」
「俺らはどうせ、雪乃くんにとって年下の後輩だもんな」
「え……」
いきなり弱気な態度の二人に俺は動揺してしまう。
「何言ってんだよ。二人も陽愛くんも同じ……」
「いいんですよ、気を使わなくて」
「最初から望みないってわかってたし」
俺の言葉を二人は諦めたような笑いとともに遮った。
何だよ、急にこんなしおらしくなるなんて卑怯だぞ。
「年下の後輩よりも、年上の頼れる先輩に惹かれるのは当然だよね」
「俺なんか昔と違って成長しちゃったし……雪乃くんは山くんみたいに小柄で可愛いタイプが好きなんでしょ?」
そりゃあ、自分より小さい相手を守ってあげたいって気持ちはあるけど、それは男としての本能であって二人の言う意味ではない。
どんどんネガティブな方向へと向かっていく二人に、俺は慌てて言葉をかける。
「そんなことないって! オキはさりげなく副担任として俺のフォローしてくれて頼りになるし、涼介だってかっこよく成長したけど、笑うと昔みたいに可愛いし」
「本当にそう思ってる?」
涼介に疑いの視線でそう問われ、俺は何度も大きく頷いた。
すると、畳み掛けるようにオキも聞いてくる。
「じゃあ、雪ちゃんは俺達のこと好き?」
そのまま勢いで頷きかけたが、その問いに含まれる何かを感じて俺は躊躇してしまう。
「……どうなの?」
だけど、すがるような後輩の顔で二人に聞かれると答えないわけにはいかなくなる。
「す……好き、だよ」
俺が小さく答えた途端、二人が嬉しそうに笑ったので、これも計算のうちか? と疑いながら不覚にも胸をときめかせてしまった。
新任のころは、この二人も可愛かったのになぁ。この一年で、なぜここまで色っぽくなってしまったんだろう。
俺が昔を懐かしんでいると職員室のドアが開いたので、陽愛くんが戻ってきたのかと顔を向けると、そこには陽愛くんではなく春樹が現れた。