第8話

「ところで、オキの話ってなに?」

 メインは陽愛くん達が来てから頼むとして、軽いつまみなどを口にしながら飲んでいると、ふと春樹がオキに質問した。
 確かに今日はオキがきっかけで集まることになったのだ。

「みんな揃ってからの方がいい?」
「別に二人には改めて説明しますよ」

 俺からの問いにオキは首を小さく横に振りそう言うと、グラスをテーブルへと置いた。

「実は……写真部顧問として、みんなに頼みたいことがありまして」

 オキからの言葉に、なんの予想も出来ない俺と春樹はお互いに顔を見合わせてしまった。
 その様子を眺めていたオキが言葉を続ける。

「今回の文化祭で、みんなにぜひとも我が写真部のモデルになって欲しいんです!」
「モッ……モデル?」
「なになに? どーゆうこと?」

 あまりに想定外のオキの頼みに俺は驚いて声が裏返り、春樹は何だか楽しそうな様子で聞き返した。

「この前、ハルが言ってたでしょ、俺達が校内で『新先組』って呼ばれて噂になっているって」

 そう言われて、そういえば春樹がそんなようなことを言っていたな……と思い出す。
 でも、それがどうだっていうんだ?
 その思いが顔に出ていたのだろう、オキがそのまま説明を始める。

「写真部では定期的に部員が撮った写真を販売してるんですが、今回は初の試みとして……こんなのを売ってみました」

 そう言ってオキがテーブルに置いた写真を覗き込んだ俺は、そのまま固まってしまった。

「あっ、雪ちゃんの裸!」
「変な言い方すんな! 着替えてるだけだ」

 俺と一緒に写真を覗き込んで大声で叫んだ春樹に、速攻でさらに大きな声で訂正をいれる。
 確かに写真の俺はTシャツを首までまくりあげてて、ほぼ上半身が裸同然だけど……一つ説明させて欲しい。
 これは先日、運動棟のシャワーが調子悪いと言われ、たまたま授業が空きだった俺が様子を見に行った時のものだろう。
 出の悪いシャワーを色々弄っていたら、いきなり勢いよく水が噴き出したのだ。
 当然、咄嗟に避けることも出来ずに、水浸しになってしまった俺は濡れた服を着替えた。
 この写真はただそれだけなのに……上半身しか写ってないうえに、シャワーの水で俺の髪などが濡れていてTシャツも透けて貼りついているせいか、見ようによっては……なんかヤラシイ。
 なんで、こんな写真がここにあるんだよ。

「あ、間違えました……これは、俺のプライベート用」

 余りの衝撃に俺が何も言えずにいると、オキは何でもないことかのようにそう言って写真を自分の懐へとしまった。
 ちょっと待て、隠し撮り自体も問題だけど、その『プライベート用』って何だよ!

「いいなぁ~、俺もそれ欲しい!」
「特別に格安で提供しますよ」

 さらには目の前で春樹とオキがそんなやり取りをするものだから、俺は半分自棄になって怒鳴った。

「本人の前で堂々と取引するな! だったら、ちゃんとモデル料払えよ」

 その発言にオキがおやっとした顔をした。

「何、モデル料払えば撮らせてくれるの? 雪ちゃんのあられもない姿撮るけどいい?」

 あ、あられもない姿……?
 俺の顔が青ざめると同時にオキが言う。

「まあ、そんな冗談はさておき……」

 いや、冗談に聞こえないから……。オキってば教師じゃなくて役者の方が向いてるよ。

「見せたかったのは、こっち」

 そして、数枚の写真がテーブルへと広げられた。
 それは、俺達が個人だったり、数人で写っているものだった。

「あっ、これ……この前、俺が雪ちゃんに抱きついた時のだ」

 そう言って春樹が一枚の写真を指差す。

「あれは抱きつくじゃなくて、タックルな」
「ああ……結構、売れ行きいいですよ、それ。後……これとか」

 春樹の指差した写真を覗き込んだオキが説明してくれて、それから新たに違う写真を見せてきた。

「なっ……!」

 その写真を見た途端、俺は自分の頬が熱で熱くなるのがわかった。

「可愛く撮れてるでしょ?」

 俺の気持ちに気づいているだろうに、オキは笑いを含んだ声で聞いてきた。

「ずる~い、オキ」

 さらには春樹が羨ましそうにそんなことを言うものだから、余計に恥ずかしくなってくる。
 その写真には放課後の教室で俺とオキが並んで座っていて、そのオキの肩にもたれ掛かって俺が寝ているものだった。

「文化祭の相談してたのに、雪ちゃんったらいつの間にか寝ちゃうんだもん。あまりに可愛いから北斗を呼んで撮らせたの」
「北斗って俺のクラスの?……あ~、確かにアイツ、オキのファンだもんね」

 って、ことは俺はこの姿を武井に見られていたってこと?
 いや、それどころか、この写真の売れ行きがいいってことは不特定多数に見られてるってことじゃん!
 そんな俺の動揺を気にせず、オキはどんどん話を進めていく。

「みんなの写真とは別に、後は山ちゃんにデザインしてもらって、涼くんに家庭科部としてTシャツを作ってもらうのも有りかと」
「うわ~、なんか楽しそう♪」

 春樹が賛同したことに気をよくしたのか、オキの熱弁は止まらない。

「今回のことで俺達の需要が高いことを確信しました。これはもう、ビジネ……写真部のテーマとして取り上げないてはないですよ!」

 オキ……さりげなく言い直したけど、今、絶対ビジネスって言おうとしただろ。

「オキ~、そんなことしてどうする気?」

 俺達は教師なわけであって、文化祭にそこまで熱くなる必要ないだろ。
 そう思って聞いた問いかけに、オキが静かに口を開いた。

「一つだけ言うならば……」

 俺と春樹が次の言葉を待つと……。

「私はお金が大好きです!」

 うわ~、言い切っちゃったよ、この人。そりゃあね、真面目な答えは期待してなかったけど。

「あはは、オキらしい~」

 なんて春樹は笑ってるけど、仮にも教師としてどうなの、その発言。

「そんなこと言うなんて……俺の知ってる可愛いオキちゃんは、どこ行っちゃったんだよ~……」

 オキのあまりの現実的な願望に俺が嘆きながらそう聞くと、オキはいつものアイドルスマイルで答えた。

「俺はいつだって雪ちゃんが好きな可愛いオキちゃんですよ」

 そう言って俺の右腕に擦りよってきたオキをついつい動物のように撫でてしまう。
 こうしてれば、可愛いのにな~。