女王様へのご奉仕 ~千歳サイド~

「またか」

 高瀬千歳は届いたばかりのメールを見終えるとスマホの画面を消した。

「千歳、何がまたなんだよ?」

 千歳の呟きが聞こえたのか、今年、中等部から高等部に進学して初めて同じクラスになった瀬戸亮太が聞いてきた。

「愛しのラブコール」

 千歳がウインクをしながらそう言うと、亮太はあからさまに嫌そうな表情をする。

「女の子からしてみればお前のその顔は好評なんだろうけど、同じ男からしてみれば腹が立つし、ウインクなんてキモイ!」

 ちょっとした冗談のつもりだったのに失礼な奴だ。
 今日はやたらと絡んでくる亮太を千歳が不思議に思っていると、亮太の行動がエスカレートしてきた。

「その嘘くさい眼鏡も、実は伊達だろ! 女の子の気を引こうとして、わざとかけてるんだろ!」

 そう言って亮太は千歳の首元のネクタイを本気で絞めてくる。

「ちょ、ちょっと、マジに苦しいって……何なんだよ、急に」

 確かに千歳は眼鏡をかけているが、それは伊達でもなんでもなく、実際に視力がよくないことは亮太も当然知っているはずである。
 なのに今日に限ってそんな言い掛かりをつけられても、千歳には何のことだかさっぱりわからない。
 千歳の問いに、本人ではなく亮太の幼馴染みである八神和彦が呆れたように答えた。

「ああ、そいつ、ずっと付き合ってた彼女をイケメン眼鏡に取られたんだと」
「だから千歳、お前を見てると特に腹が立つ~!」

 確かに千歳は一般よりも整った顔立ちをしていて、本人もそのことは十分に自覚しているが、元々の親しみやすい性格のおかげもあり、それが嫌味にならず逆に女子を中心として校内で人気のある一人だった。
 そのためか、小学から中学、そして高校にあがるまで常に千歳は女に不自由しない恵まれた生活を過ごしている。
 成績だって学年五位に入るくらいだし、眼鏡もかけているが……。

「あほ~、そんな理由で殺されてたまるか!」

 千歳は必死になって亮太を振り払った。

「だいたい、眼鏡なんてアイテムで女の気を引かなくても、俺なら十分素顔で勝負出来るっての」

 絞められたネクタイを緩めながら千歳がそう言うと、亮太はいきなり隣りの和彦へと縋りついた。

「千歳がいじめた~! どうせ、俺は視力良過ぎるよ」

 ……鬱陶しい。
 そう思いながら、千歳は黙って二人を見守った。

「あ~、はいはい。そんな浮気性な女のことなんか忘れろ。他にいい子が見つかるって」

 泣きつかれた和彦も千歳と同じ意見のようだが、さすがに見捨てるわけにもいかなかったようで慰めてやっている。

「俺だってなぁ、女王様みたいな完璧な男に負けたなら諦めもつくよ! なのに、よりによって千歳みたいな軟派眼鏡に~」

 亮太の失恋した辛さもわかるが、いつの間にか亮太の彼女を取ったのが千歳本人のような言い方に変わっていた。

(だいたい俺は軟派じゃなくて、社交的なだけだって)

 そもそも、相手の方から寄ってくることが多い千歳は自分から口説く……ましてや、告白なんてした経験がない。
 だが、それに反論するよりも大切なことを思い出した千歳は席を立った。

「千歳、どこ行くんだ? もうすぐ四限目、始まるぞ」

 教室から出て行こうとする千歳に、目の前の亮太の頭をポンポンと叩き、慰めながら和彦が聞いた。

「次の授業、さぼりま~す。保健室ってことで、よろしく!」

 それだけ言うと千歳は、次の教科担当に遭遇して面倒なことになる前にさっさと教室を離れてしまった。
 そして、保健室ではなく生徒会室へと向かって歩いていく。

(これは、遅刻決定だな)

 そう心の中で思いつつも、千歳の態度に焦りは全く出ていない。それどころか、どうせ遅刻だから……と、途中の自販機で飲み物を買う余裕まである。
 それでも、四限目開始を知らせるチャイムが鳴ると、さすがに千歳の歩く速度も少しあがる。
 さっきのメールが届いてから、すでに生徒会室に着いていてもおかしくないくらいに十分な時間が経っていた。
 千歳は今、生徒会室の主に呼び出しを受けているのである。
 それがさっき届いたメール。
 ただ場所だけが記されている……千歳にとっては短いラブコール。相手にとってはただの命令。
 その命令を下しているのは誰かというと、亮太の言っていた『女王様みたいな完璧な男』深海優弥だ。
 男なのに女王様という矛盾した称号を持つ優弥は、その称号通りの人物だった。
 彼は学年トップの成績にスポーツ万能、家はかなりの資産家のお坊ちゃんで、高校一年にしてこの聖都学園のトップに君臨している独裁主義の生徒会長様だ。
 それだけなら女王様ではなく、王様でもよかったのかもしれないが、同性からすれば残念なことに優弥の完璧さはそれだけでは終わらなかった。
 海外でも活躍しているモデルを母親に持つ優弥は、しっかりとその美貌を受け継いでいた。
 そんな優弥はすぐに学園内の女子を魅了し、男子には完璧なまでの敗北感を与える存在になったのだ。
 だが、女子にモテる一方で、その中性的な魅力を使い何人もの男を手玉に取っているだの、生徒会役員は全員、会長と身体の関係を持っている……というのも有名な話だった。
 そこでついた称号が『学園の女王様』だ。
 もっとも本人はそんな称号が自分についているなんて、きっと知らないだろう。

(俺もその手玉に取られたうちの一人なんだろうな)

 そんなことを思いながら、女王様のご機嫌取りのために買ったホットのミルクティーを持って、千歳は生徒会室のドアを開けた。

「遅れてごめんな、深海。クラスで厄介なのに捉まって……」

 謝りながら中へと入った千歳だったが、予想していた女王様の怒りの言葉は返ってこなかった。

「深海……?」

 不思議に思いつつ足を進めると、机の上に何かのプリントを広げたまま眠っている優弥の姿があった。
 課題でもやっていたのだろうか。
 いつも授業中だけ使用する優弥の眼鏡がその顔に残っている。

「深海……? そのまま寝たら危ないぞ、優ちゃ~ん」

 そう冗談で千歳が声をかけるが、優弥は起きる気配がない。

「仕方ないな」

 とりあえず眼鏡を外してやろうと、千歳は優弥の顔を覗き込んだ。

「……えらく格好よくなったな、優弥」

 外した眼鏡を邪魔にならないところに置き、千歳は懐かしさを感じながら優弥の寝顔を見る。