女王様を救出・2

「なぁ……和彦」
「何だ?」

 生徒会室へと走りながら、千歳は和彦に声をかけた。

「さっきお前が言ってた『女王様の噂』って……嘘なのか?」

 千歳は複雑な想いで、和彦にそう聞いた。
 あの噂が嘘だとしたら、嬉しい気持ちが少しと……。

「当たり前だろ。どこからそんな噂が流れたかは知らないけど、あの人は遊びで誰かと寝れるような、そんな器用な人じゃないよ」

 罪悪感が大半。

(俺は深海になんてひどい言葉を言ってしまったんだろう)
「どうした?」

 急に立ち止まってしまった千歳に、和彦が振り返る。

「和彦……俺、深海にひどいこと言った……」
「えっ……?」

 和彦は自分も足を止め、千歳のもとへと戻ってきた。

「俺だけの相手してるわけじゃないんだから……って」

 その言葉に和彦は、困ったようにため息を吐いた。

「この間、お前のイケメン顔に冷却シートが貼ってあったのはそれが原因か」

 千歳が答えなくても、和彦にはだいたいの事情がわかったようだ。

「……大好きなお前にそんなこと言われたら、会長かなりショックだったろうな」

 和彦の言葉が重く千歳にのし掛かってきたような気がする。

(深海はちゃんと俺一人を選んでくれていたのに、その深海に『大勢と遊んでいる』みたいな言い方を俺自身がしてしまうなんて)

 千歳が激しい後悔に襲われていると、和彦はわざとらしい口調で嫌味を零す。

「だいたいさ、あんだけ百戦錬磨のお前が、会長のバージンに気づかないってことあるか?」
(そんなこと言われても……俺だって男は深海が初めてで、よくわかんねーっての!)

 だいたい、ノンケである千歳からすれば優弥以外の男なんてキスすることでさえ嫌なのだから、優弥がバージンかどうかを比べる対象なんていなかったのだ。
 だが、千歳はそう反論したい気持ちを抑えて黙っていた。
 なんにせよ、優弥のピンチを知らせに来てくれた和彦には感謝しなければいけない。
 すると、急に和彦が真剣な表情と声で言った。

「千歳。俺はあの人ほど……乙女な女王様は見たことがないよ」

 和彦がここまで言うということは、今、和彦が話している深海優弥が、彼本来の姿なのだろう。

「何、暗い顔してんだよ!」

 そう言って和彦は千歳の背中を思いっきり叩いてきた。

「たぶん、今回会長が相馬についていった原因は千歳だろうな」

 それは千歳も予想していたことだった。
 優弥がそんなやつについていくなんて、千歳が一緒にいたら絶対になかったはずだ。

「責任感じてるなら、お前自身がちゃんと女王様を助けてやれよ、王様」
「王様ってよりも、下僕って感じだけどな」

 決して甘やかすだけではない和彦の励ましに、千歳は少し言い返す余裕が出てきた。
 それには和彦も気づいたようで、いつも亮太にやっているように千歳の頭をポンポンっと叩くと笑顔で言った。

「よし、会長の救出に行くか!」
「おう!」

 千歳達は、再度生徒会室へと向かって全力で走った。
 すると、千歳達の姿を見つけた亮太が、生徒会室前で大きく手を振っている。

「遅い! 千歳、カズ!」
「悪い、中の様子は?」

 和彦の言葉に、亮太は眉間に皺を寄せながら答える。

「さっき大きな音がしたっきり、わからない。中から鍵がかかってるらしくて開かないんだ」
「鍵か……あれから、ある程度の時間が経ってるよな」
「取りに行く余裕なんて……!」

 目の前の扉の向こうで、優弥が襲われそうになっている今の状況に、千歳が苛つきながらそう言いかけた時だった。

『離せ! いや……だ、助けて、高瀬っ!』
「っ!」

 中から聞こえてきた優弥の自分に助けを求める声に、千歳の我慢も限界だった。

「おい、どうするつもりだ、千歳!」

 和彦と亮太の二人を扉から離して、千歳自身も距離をおいたのを見た亮太が驚いたように言う。

「ドアに体当たりする」

 当たり前のように千歳が答えると、今度は和彦が驚いたようだ。

「馬鹿、なんのために亮太に待機させてたと……」
「優弥を助けることのが大事だ!」

 和彦の言葉を遮って、千歳はそう怒鳴っていた。
 和彦が騒ぎにしないために亮太を待機させていたことは知っている。
 けれど、今ここの鍵を壊さなければ優弥を助けることは出来ないのだ。
 それならば、千歳に迷うことなんてない。

「……亮太。手伝ってやれ」

 和彦は大きくため息を吐くと、亮太に向かってそう言った。
 その言葉に千歳も亮太も驚いたが、亮太はすぐに笑顔で「わかった」と返事をして千歳の隣へとくる。

「まったく、生徒会室のドアを壊すなんて……どう説明すんだよ」
「お前の方でなんとかしてくれ!」

 まだブツブツと愚痴をこぼしている和彦にそう言うと、千歳と亮太は生徒会室のドアに向かって体当たりした。
 ドアが揺れて、大きな音が辺りに響く。
 少しは脆くなった様だが、まだ外れるほどではない。

「よし、もう一回!」

 そして、二度、三度と千歳達が体当たりした時だった。