「俺、相馬に……キスされた。もう、汚れてるから、高瀬は触らなっ……」
泣いてそう告げる優弥の言葉を塞ぐために、千歳はあえて優弥の唇へとキスをした。
すぐに離すと、優弥の驚いたような目と視線が合う。
「なんで……」
「だって優弥はどこも汚れてなんかないだろ?」
千歳の言葉に、優弥は泣きながら詰め寄ってきた。
「汚れてる! この唇はさっきまで高瀬以外の男にキスされてたんだぞ! 相馬なんかに……」
キスをされた自分を卑下して、責めている優弥の姿がとても切なくて、千歳の心も締め付けられる。
なんで、こんなにも純粋な優弥を、大勢と遊んでいるなんて思ってしまったんだろう?
今になって、さっき廊下で和彦の言っていた『乙女な女王様』という意味を、千歳は本当の意味で理解した気がする。
「んっ……んんっ……!」
これ以上、優弥に辛いことを喋らせたくなくて、優弥のことを愛したくて……千歳は再度、その唇を塞いだ。
嫌がって抵抗する優弥を強引に抱き締めて、逃げようとする優弥の舌を深く絡め取る。
しばらくそうしていると、最初は強ばっていた優弥の身体から力が抜けていくのがわかる。
優弥が抵抗しなくなったのを確認し、千歳は一度唇を離してから囁く。
「優弥はどこも汚れてない。中等部のころから、ずっと綺麗なままだよ」
「高瀬……」
優弥の瞳から零れ落ちる涙に唇を寄せて、千歳は再度、唇同士を重ね合わせる。
今度は優弥も抵抗しなかった。
何度もお互いの舌を絡め合い、もうどちらの唾液かわからなくなったころ、キスを中断させる音楽が室内に響いた。
「あっ……」
その音に反応して、優弥が唇を離してしまう。
どうやらこの音楽は優弥のスマートフォンの着信音だったようだ。
優弥はゆっくりとした動きでカバンからスマートフォンを取り出し、画面の通話ボタンを押した。
「もしもし、俺だ……ああ、ちょっと生徒会の用があって……ああ、わかった」
それだけ答えて、優弥はスマートフォンをしまった。
「迎えの者を待たせている」
「え……」
優弥を家まで送るつもりでいた千歳は、いまさらになって、優弥が学校までの送り迎えを専属の運転手にさせていることを思い出した。
今の電話は、いつも通りの時間にこない優弥を心配してかけてきたものだろう。
昼間は何事もなく過ごしていた優弥は、当然さっきまで運転手が来るのを待っていたはずだ。
「俺は……もう大丈夫だから。助けてくれて……ありがとう」
優弥は立ち上がり、周りの荷物をカバンにしまい、ゆっくりとドアへと向かっていく。
「会長、これ。俺の替えで悪いけど、サイズは合うと思うから」
いつの間にそこにいたのか、和彦が入り口で優弥にワイシャツの替えを渡した。
さらにリストバンドも手渡す。
「これもしていった方がいい。家の人にその痕、見せるわけにいかないだろう」
そう言って和彦は、優弥の手首に残っている縛られた痕を指差した。
「助かる……八神」
「いえいえ。あっ、そのリストバンドは亮太のだけど、ちゃんと洗わせてあるから安心して」
「おい、カズ! 人聞き悪い言い方するなよ」
今まで黙っていた亮太がそう膨れると、和彦は冗談っぽく言う。
「本当のことだろ。この運動バカ」
「カズ~……」
そんな二人の姿に、優弥は微かに笑みを見せると生徒会室を出て行ってしまった。
後に残されたのは、千歳、和彦、亮太の三人のみ。
「なあ、和彦……」
「何だ?」
無惨に倒れている扉を、亮太に起こさせていた和彦に千歳は声をかけてみた。
「このままだと、俺……カッコ悪いよな」
「そうだな。傷心の会長を一人で帰らせたあげく、自分の気持ちは何も伝えてないし。男としてかなり情けないな」
小さく呟いた千歳の問いに、和彦は容赦ない答えを返してくる。
でも、その現実的な和彦の答えが逆に千歳には嬉しかった。
「だよな、情けないよな!」
何だか、笑いがこみあげてきて、千歳は笑い出してしまった。
そんな千歳を亮太は不思議そうに見ているし、和彦は呆れたように言った。
「本当に大好きな子なら、自分のものにする覚悟決めろ。身体も心もお前がしっかり守ってやれよ」
「ああ、中途半端はもうやめる。覚悟決めた!」
千歳は吹っ切ったように、力強くそう宣言した。
今まで、優弥はみんなの女王様だから、誰か一人のものにはならないと思っていた。
だから、千歳は優弥に自分の想いを伝えることはしなかったし、優弥を束縛することもしなかった。
優弥が誰と一緒にいようと、自分を必要としてくれさえすればいいと思っていたが、それも今日で終わりにする。
(優弥を誰にも渡すつもりはない、俺だけのものだ)
千歳は、学園トップに君臨する女王様・深海優弥の恋人に立候補する覚悟を決めた。
そんな千歳に和彦は、
「明日は朝会があるから、会長は絶対休まないはずだ」
とだけ、アドバイスをくれた。