女王様の初恋 ・3 ※

「深海がミルクティー以外飲んでるの見たことないな」

 千歳が替えのシャツを取りに行っている間に缶のミルクティーを飲んでいた優弥を見て、戻ってきた千歳が言った。

「お前が毎回、これを買ってくるからだろ」

 千歳はいつも優弥のところに来る時にホットのミルクティーを買ってくる。
 最初は熱いそれも、千歳に抱かれた後には温くなっていて、散々喘がされた優弥の喉を優しく潤してくれる。

「いや、深海がミルクティー好きなのかなっと思って。でも、飽きない?」
「……別に」
「そっか、ならいいんだ。また買ってきてやるからな」

 そう言って笑った千歳の顔を見るのが苦しくて、優弥は顔を伏せた。

(ミルクティー……飽きるわけがない)

 だってこれは、初めて千歳が優弥にプレゼントしてくれた物だから。
 優弥は千歳との出会いを、自分一人が覚えている大切な思い出だと思っていた。
 初めて会った、中等部一年。クラスが同じだったわけではない。
 本当に偶然の出会いで、あの日のあの数分の交流がなかったら、きっと今、優弥と千歳はこんな関係にはなっていなかった。
 あの日から、優弥はずっと千歳を思い続けていた。

『花の精が舞い降りてきたかと思った……』

 綺麗な桜が舞い散る中、そんな寒いセリフを言った千歳に、最初は驚いたけれど。

『コレ、あげる』

 と、ミルクティーを差し出して笑った千歳に優弥は不覚にもときめいてしまったのだ。
 小さいころから、深海家に取り入るために優弥の機嫌を取ろうと色々と物をくれる大人がたくさんいた。
 同級生にしても、優弥の顔色を窺って媚を売ってくるか、反感を持つかのどちらか。
 そんな時、なんの見返りも求めず『深海家』ではなく、優弥個人に接してくれたのは千歳が初めてだった。
 それが優弥には、無性に嬉しかったのだ。
 クラスの違う千歳とは、それから何の接点もなかったが、優弥の心の中にはずっと、あの日の千歳の声と笑顔が存在していた。
 そして、気づくと優弥は、よくミルクティーを買うようになっていた。
 それから二年後の中等部三年になった時、優弥は初めて千歳と同じクラスになった。
 そのころには、千歳の色恋沙汰も校内では割と有名で、優弥自身、千歳が女と抱き合ってる姿を何度か目にしたことがある。
 しかも、その都度相手の女は違っていた。
 そんな千歳を見ているだけの状態が半年続き、優弥は自分自身に一つの賭けをした。

『お前、結構遊んでるみたいだけど……セックス上手いの?』

 優弥の言葉に千歳は一瞬驚いたようだ。
 沈黙の時間が、やけに長く感じる。

(これで高瀬が応じてこなければ……こいつのことは忘れよう。でも、もし高瀬が応えてくれたなら……)

 そんなことを思いながら緊張して千歳の反応を待っていた優弥に、千歳は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

『試してみる?』

 その言葉に、胸が高鳴った。

『良くなかったら、ただじゃおかないからな』

 精一杯の強がりで、優弥が言うと千歳は笑顔で答えた。

『お望み通り』

 千歳が男相手でもその気になってくれたのが嬉しい。
 千歳と初めて重ねた唇は、何よりも優弥を熱くさせた。
 そして、千歳は最初の約束通り、無理なことは一切しなかった。
 優弥を感じさせることを優先し、最後まで大事に扱ってくれたのを覚えている。
 それでもやっぱり初めての経験に意識を手放した優弥が目を覚ますと。

『大丈夫か? はい、コレ』

 そう言いながら笑顔で、温いミルクティーを差し出してきたのだった……。

「どうした? 深海。身体、キツいか? それともそのミルクティー、不味いか?」

 優弥の動きが止まっていたからか、千歳がそんなことを聞いてきた。

「いや……」
「そっか、それ初めて買うやつだったから、どうなのかわからなくてな」

 ホッとしたように笑う千歳に優弥は聞いてみた。

「お前、なんで最初の時、ミルクティーを持ってきたんだ?」
「ん~……」

 優弥の問いに、千歳は考え込んでいる。

「深海、普段からミルクティーよく飲んでたからかな。一年のころから、見かけるたびに持ってた印象強くて」
(一年のころって……そんな昔のこと、覚えてたのかよ)
「相手の好みはチェック済みってことか?」

 嬉しさで泣きかけた優弥は、誤魔化すように皮肉を言う。

「まっ、ご機嫌取りは大事だからね」
(……ご機嫌取り?)

 優弥は動揺を悟られないよう、努めて冷静な声を出す。

「そうやって今まで何人の機嫌を取ってきたんだ?」
「さあね……忘れちゃった」

 そう言って、千歳はいつもの笑顔で笑う。
 ……悔しい。
 学園の生徒会長になって地位も権力も金だってある。優弥に告白してくる女だって大勢いる。

(昔から、手に入らないものなんて何もなかったのに。高瀬の身体だって手に入れた……なのに……)

 優弥は千歳のネクタイを引っ張り、自分に引き寄せた。

「ふんっ、お前は、この俺だけのご機嫌を取ってりゃいいんだよ」
「はいはい」

 こんな言葉で、千歳を束縛出来ないことくらい優弥は最初からわかっている。

(高瀬が俺を抱くのは、身体の相性がよくて、女と違って後腐れなく終わることが出来るから。そんなこと、高瀬を誘ったあの時から覚悟していたことじゃないか)

 堪えきれなかった涙が、溢れてくる。

「ちょっ、深海! どうした? どこか痛むのか?」

 千歳が慌てたように聞いてきた。

「……痛い」
「え?」

 ずっと、胸が苦しくて痛い。

「高瀬……痛みを忘れさせて」
「深海……?」

 静かに目を閉じた優弥の唇に、戸惑いながら千歳が唇を重ねてきた。
 そのキスはとても優しく、涙の味がした。

(なぁ、高瀬。どうしたら……お前の心が手に入る? 俺だけのものになってくれる? 身体だけじゃない。高瀬の全てが欲しい。他は何もいらない。お願いして手に入るなら、いくらでも願うから)

 
 
 
 だからお願い……

 高瀬千歳の全てを俺にください。