女王様との思い出 ~千歳サイド~

「おかしい」

 千歳は携帯を握り締めてそう言った。

「何がおかしいんだよ?」

 そんな千歳に亮太が声をかけるが、前回の出来事を思い出した千歳は複雑な表情を浮かべた。
 すると、それを感じ取ったのか亮太が拗ねたように言う。

「あっ、なんだ。そのあからさまに嫌そうな顔は!」
「失恋はもういいのか? また首絞められるの嫌なんだけど」

 わざと千歳が言うと、亮太は悪びれた様子もなく答えた。

「なんだよ、まだ前回のこと根に持ってんのか?」
「根にも持つだろ。俺は殺されかけたんだぞ」

 不機嫌そうな千歳の言葉に、亮太はシュンとした様子でうなだれた。

(いい年した男のその姿は可愛くないぞ)

 すると、

「千歳、それくらいにしてやってくれ。一応、そいつも反省してるから」
「カズ~! 千歳がいじめる~」

 間に入ってくれた和彦に亮太は泣きついた。

(本当に鬱陶しいぞ、亮太……)

 すると和彦も同じ意見だったらしく、遠慮なく亮太を自分から引き剥がした。

「いじめられるようなことを自分でしたんだから、少しはおとなしくしてろ」
「……はい」

 和彦に怒られて、亮太はおとなしくなった。

「悪いな、千歳。これで可愛いところもある奴なんだけど」

(可愛い! こいつを可愛いって言っちゃうのか?)
「いいコンビだな、お前ら」

 和彦の発言に、千歳が呆れたような感心したような複雑な想いでそんな言葉を零すと、和彦にしては珍しく、少し動揺したように返してきた。

「何、馬鹿なこと言ってんだよ。それより、何がおかしいって?」
「あっ、悪い、和彦。俺、次の授業、保健室!」

 少し様子のおかしい和彦が気にはなったが、今はそれよりも大事なことがあるのを千歳は思い出し、慌てて席を立った。

「千歳、またなのか? 最近、頻繁過ぎるぞ」
「ん~……今回は見逃して」

 顔の前で両手を合わせて千歳がお願いすると、和彦は心配してくれているらしく、複雑な表情を見せる。

「お前がいいなら、俺は別にいいけど……」
「サンキュ。俺もなんとかするからさ」

 そう言って千歳は、教室を後にした。
 向かう先は保健室。
 もっとも、体調が悪くて休みに行くわけではなくて、学園の女王様、深海優弥からのいつもの呼び出しである。
 女王様の気の向いた時に呼ばれて、自らの身体を使って、女王様の性欲を解消してさし上げる。
 いわば、これは千歳にとっては奉仕活動のようなものだ。
 正直、馬鹿げた話かもしれない。

(けど……深海には誰も逆らえない)

 一度、優弥の魅力に捕まったら最後、絶対に離れることなんて出来ない。
 千歳自身、中等部に入学したてのころに、初めて優弥を見た時から忘れることが出来なかった。
 さらにその後は、優弥が資産家の父親とモデルの母親を持つかなりのお坊ちゃまという話が広まり、千歳自身が調べずとも優弥の学園内での噂はよく耳にしていた。
 でも、そんな噂よりも、千歳は、時折見かけるミルクティーを飲んでいる優弥が気になって仕方なかった。
 その姿は、学園内で噂されている偉そうでクールな印象とは全く違って、どこか子供っぽくてとても可愛く見えていたから。
 けれど、そんな純情そうだった相手は出会いから二年後、初めて同じクラスになったころには、女王様になっていた。
 お互いに男として幼さを捨てていた二人だったが、優弥はやっぱりどこか綺麗だった。
 その綺麗な顔の優弥から発せられた言葉。

『お前、結構遊んでるみたいだけど……セックス上手いの?』

 クラスメイトになって半年後のことだった。
 そのころには、すでに優弥には「学園の女王様」の称号がついていて、一、二年でクラスが違った千歳の耳まで『深海優弥は何人もの男を手玉にとる』と届くほど有名な話だった。

(へぇ~…こうやって男を誘ってるんだ)

 それが誘いの言葉だと千歳にはすぐにわかった。
 優弥の下僕の中の一人に入れられるというのには、若干の抵抗はあるけど……。
 それでも、この身体を抱くことが出来るなら。

『試してみる?』

 千歳は欲望に負けた。
 遠くから優弥を見続けるより、その他大勢の中の一人でもいいから優弥のそばにいた方がいいだろう。
 その身体に触れる許可を女王様から貰ったのだ。
 そんな貴重な申し出を受けない手はない。

『痛くしたら、ただじゃおかねぇからな』

 男を抱くなんて初めてだけど、千歳に自信がないわけではない。

(今まで深海を抱いた、どの男よりも優しく抱いてやる)

 優弥の中に自分の存在を残すように。
 優弥が自分のことを忘れることが出来ないくらい気持ち良くさせてやる。
 そんな千歳の努力の甲斐があってか、高等部に進学してまた違うクラスになってしまった今でも、千歳のご奉仕活動は続いている。
 でも……。

(最近の深海はなんか様子がおかしいんだよな)

 そう思いながら千歳が保健室のドアを開けると、すでにワイシャツの胸元をはだけている優弥がいた。