第10話

 いつも自信ありそうな態度のくせに、そんなことで落ち込むなんて……涼介は馬鹿だ。
 お前が素直に甘えてこないことなんてわかりきってるのに、そんな些細なことで悩むなんてお前だって昔のまま変わってない。

「そうやって悩むお前も……充分可愛いよ」

 そう言って俺が手を伸ばして涼介の頭を撫でてやると、困惑したように涼介が俺の顔を見つめてきた。

「雪乃くん……?」
「だいたいさ『小さい頃に少し遊んだことがあるだけ』って何だよ。俺達、幼馴染みじゃねぇの? そう思ってたの俺だけ?」

 少し拗ねたように俺がそう言うと、涼介が慌てて首を横に振って答えた。

「そんなことない! 俺にとって雪乃くんは大事な幼馴染みだよ。でも……途中で俺、雪乃くんのこと避けるようになっちゃったし」

 ほら、そうやって不安そうな顔している涼介は昔みたいにどこか幼く見える。
 確かに反抗期のあたりは何だか涼介に距離を置かれている気がして、お互いに気まずい時期があったことも確かだ。だけど……。

「それはお前なりの理由があったからだろ? 今はそんなことないんだから気にする必要ないじゃん」
「……理由聞かないの?」

 涼介が恐る恐るといった感じでそう聞いてきた。
 涼介が俺を避けていた理由……気にならないと言えば嘘になる。でも、それを無理に聞き出したいわけでもない。

「お前が話してくれる気になったら、その時に聞くよ」

 そう言って涼介に笑顔を向けると、涼介が少しホッとしているのがわかる。
 そんな涼介に、俺はさっきから気になっていたことを聞いてみた。

「このオムライス……わざわざ俺のために作ってくれたんだろ? ありがとな」

 図星だったのか、涼介が驚いたように目を見開いた。
 だって、調理実習にしてはオムライスが出来立てみたいに温かいのはおかしいもんな。
 きっと、俺が来る頃を見計らって作ってくれたんだろう。

「甘えるだけが可愛いじゃないよ」

 俺がそう言って微笑むと、涼介もいつもとは違う幼い表情で小さく笑った。

「雪ちゃん……」
「甘え下手なのは俺も同じだし」

 意外と涙もろい涼介が、また昔みたいに泣くかな……と少し期待した俺だったが、その考えが甘かったことにすぐ気づかされた。
 残りのオムライスを食べようとした俺に涼介が笑顔で近づき……。

「卵ついてる」

 そう言って、まるで犬が飼い主の頬を舐めるように涼介がペロッと俺の口元のすぐ横を舐めてきた。

「……っ……!」

 あまりの出来事に俺が(たぶん)真っ赤になって言葉を失っていると、涼介がたいして気にした様子もなく『どうしたの?』と首を傾げてきた。
 前言撤回! そんな無邪気な可愛い顔したって騙されないからな。どこが甘え下手だよ。一番、ナチュラルに迫ってきたじゃないか!
 その後、ニコニコと俺を見つめる涼介を前にして食べたオムライスは、もう動揺し過ぎて何がなんだか味がわからなくなっていた。

 

◆   ◆   ◆

 

 涼介から試作品のTシャツと美味しいオムライスと心の動揺をもらった俺は、今度はその中のTシャツを陽愛くんに渡すために美術室へと向かった。
 ドアの前で一呼吸し、気持ちを落ち着かせてから俺はドアを開ける。

「山南先生、いる?」

 そう声をかけてみるが、今日は活動日ではないのか中には生徒達の姿もなかった。
 でも、涼介が陽愛くんは美術室にいるって言ってたしな。準備室の方か?

「失礼しまーす」

 一応、声をかけてから中へと入って奥の準備室へと向かう。
 その途中の他の作品とは少し離れた所に置いてある作品に俺の足は止まってしまった。

「うわ~……」

 蒼い海と青い空が抽象的に描かれているその作品に俺は感嘆のため息を吐いた。
 きっと、この作品は陽愛くんのものだ。
 普段の陽愛くん本人はあまり前に出ずマイペースなのに、絵を描かせると別人のように力強く自己主張している。
 そんなギャップが陽愛くんの魅力の一つなのだろう。
 この絵に船と魚が描いてあるあたり、この時期は釣りにでも行きたかったのかな?
 なんとも陽愛くんらしいささやかなそのアピールに、俺は小さく笑ってしまった。
 すると、突然後ろから声をかけられる。

「その絵……どこか変?」

 振り返ると、いつの間にか陽愛くんが立っていた。
 てっきり目の前にある準備室にいると思っていた人物の背後からの登場に俺は驚く。

「ビックリした……準備室にいると思ってたから」
「ん……電話があったみたいで、職員室に行ってたの」

 そう言いながら陽愛くんは近くにあった椅子に腰を下ろして再度同じ質問をしてきた。

「ねぇ、どこか変? その絵」

 俺が笑ってしまったのが聞こえたんだろう。陽愛くんが不安そうに聞いてくる。

「違うよ、全然変じゃない! むしろ、俺は好きだな、この絵……って言っても絵に関しては何もわからないけどね」

 俺が慌てて誤解をとこうとすると、今度は陽愛くんが安心したように小さく笑った。

「良かった。絵に詳しくない雪くんが感性で好きになってくれた絵ってことでしょ」
「うん、なんか陽愛くんらしいなぁって」

 その言葉に陽愛くんが不思議そうな表情を向けてきたので、俺も陽愛くんの横へと座りながら聞いてみる。

「陽愛くん、この絵を描いてた時期、釣りに行きたかったでしょう?」
「何でわかったの?」

 驚いたように聞いてきた陽愛くんの姿に、俺は満足げに答えた。

「そりゃあ、付き合いの長い陽愛くんのことだもん。なんとなく、わかるよ」
「そっか。さすが夫婦だね」
「えっ……」

 冗談なのか本気なのかわからない雰囲気でそう言われ、俺は答えに困ってしまう。
 それを誤魔化すために、慌てて涼介から預かってきた試作品のTシャツを机の上に広げた。