第11話

「あ、そうだ、これ! 陽愛くんがデザインしたTシャツの試作品」
「おお……さすが涼、仕事早いな~」

 ちょっとわざとらしかったかなと心配したけれど、そんなことは気にしていないのか陽愛くんが興味深そうにTシャツを覗きこんだ。

「どこか気になる箇所があったら言ってくれだって。涼介が手を加えるみたいだよ」
「う~ん……これはこれでいいけど、ちょっと自分好みにしちゃったら地味過ぎるかな?」

 確かに、このTシャツはシンプルなデザインで色見も落ち着いた感じがする。
 俺としては好きだけど、生徒達の目線からしたらもう少し派手でもいいのかもしれない。

「そうだね……文化祭ってお祭りなわけだし」
「うん、ちょっと待って……確か準備室に色のサンプルが……」

 そう言うと、陽愛くんは椅子から立ち上がり準備室の方へと消えていく。
 それをただ待っているのもつまらないので、俺も陽愛くんの後を追って準備室へと入る。
 だけど、いきなり目についた描きかけの絵に俺は情けない声を出した。

「もう……陽愛くんまで何やってんだよ~」
「え……? 模写の練習」

 俺がなんのことを言っているのか気づいた陽愛くんは、何でもないことかのように答えてくれた。
 でも、俺にしてみれば、もうただ呆れることしか出来ない。
 俺の写真を撮るオキ。
 俺の写真を欲しがる春樹。
 仕事場に俺の写真を貼る涼介。
 そして、俺の写真を模写する陽愛くん。
 もう……あなた達はなんなの? 俺、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。

「なんで模写の練習に俺の写真使うの? これ、どうせオキから買ったんでしょ!」

 数日前に居酒屋で見せられた記憶のある俺が眠っている写真を指差しながら、俺が少し怒ったように言うと、陽愛くんが元気なく答えた。

「だって……可愛いんだもん」
「だってじゃありません! 本人の許可もとらなきゃダメ!」

 そこまで言うと、今度はふて腐れたように陽愛くんが言う。

「だったら雪くんがモデルやってくれたらいいのに」
「だから……なんで俺なんかをモデルにしようとするの? もっといい素材、いっぱいあるでしょ」

 呆れたようにそう聞くと、陽愛くんには珍しく力強く即答された。

「雪くん以上の素材なんてあるわけないよ。こんなに可愛いんだもん」

 言いながら右手で頬を撫でられ、そのまま髪を掬われるのを俺は固まってしまい、なすがままになっていた。
 でも、陽愛くんの視線が恥ずかしくて、目だけ伏せて反らしてしまう。

「みんな変だよ……俺の写真を欲しがったり、俺相手に甘い言葉囁いたり。普通は口説きたい女性にすること……」
「だから、口説いてるんだって」

 俺の言葉を遮って聞こえてきたその声に、驚いた俺は陽愛くんの目を真っ直ぐに見つめ返してしまった。
 すると、陽愛くんが優しく笑って言った。

「僕も春ちゃんもオキも涼も……みんな雪くんのことが好きなんだよ。いつになったら気づいてくれるの?」
「あ、その、好きって……」

 冗談では誤魔化せないトーンで告げられ、俺は上手く言葉が出てこなくて狼狽えてしまう。
 そんな俺を真っ直ぐに見つめ返してきた陽愛くんが、小さく囁いた。

「もちろん、こういう意味でだよ」

 そして、そっと俺の唇へと陽愛くんの唇が重なってきた。
 あまりの衝撃に、声をあげることも突き放すことも出来ず、完璧に俺はフリーズしてしまった。

「雪くん……?」

 軽く合わせただけの唇を離した陽愛くんに顔を覗きこまれて名前を呼ばれ、俺は我に返った。

「えっ……い、いま……あっ、その……」

 あ~、もう自分が何を言おうとしているのかわからない。絶対、顔も真っ赤になってるよ。
 そんな俺の様子に陽愛くんは優しく笑いながら謝った。

「ごめんね、急にこんなことして……でも、みんな本気だから、雪くんも少し考えてみて」
「…………」

 黙り続ける俺に、陽愛くんは何事もなかったかのように言葉を続ける。

「今日はもう帰ろう? Tシャツの件はまた明日ね」
「……うん」

 俺はただ一言、そう答えるだけで精一杯だった。
 だって考えろと言われても……どうすればいいの? 俺……。