第12話

 それから数日後、オキの企画に協力した生徒達が本格的に動き出したようで、今までは家庭科部の作った衣装で写真を撮るだけだったのに、今では校内のどこでも撮影会が行われていた。
 そんな中、今日も昼休みに職員室にいた俺達の周りには写真部員達がシャッターチャンスを狙って待機していた。

「やっぱ雪先生、めっちゃカッコイイわぁ♪」
「あ……ありがとう」

 俺には本人の希望もあり、春樹のクラスの生徒で軽音部所属の西條景虎がついてきていた。

「絶対、雪先生の写真買う人多いって!」

 虎は俺を慕っていてくれているようで、俺としては生徒から好かれることは嬉しいけど……虎が俺に話しかけるたびに、目の前にいる春樹と涼介の機嫌が悪くなっていくのが気まずい。
 この空気、どうするかな~……。
 そう思って悩んでいると、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。

「ほら、景虎! チャイム鳴ったんだから、早く教室戻れよ~」
「次の授業、移動だろ。遅刻するぞ」

 チャイムを待っていたかのように春樹と涼介に揃って言われ、虎は名残惜しそうに職員室を出ていった。
 それを見送った途端、二人が俺のもとへと寄ってくる。

「雪ちゃん、景虎に甘過ぎ! 俺達には名前で呼ぶなって言うくせに~」

 ふて腐れたように文句を言う春樹に、俺は呆れたため息を吐きながら言う。

「あのな~……虎はちゃんと先生ってつけてるからいいの。お前らはちゃんだの、くんだの……」
「じゃあ、雪乃先生ならいいの?」

 俺の言葉を遮って、涼介が真剣な表情で聞いてきた。

「……ダメ」
「何で?」

 しばらく考えてから答えた俺に、春樹と涼介が揃って不満げな声を出した。

「何でも! 絶対ダメ!」

 まだ不服そうな二人に一方的にそう言うと、俺は自分の授業の用意をする。

「ほら、虎を注意しておいて、自分が遅刻したらシャレになんないですよ。藤堂先生、斎藤先生……じゃ、お先に」

 わざと敬語で言いながらさっさと教材をまとめると、俺はそれらを手に職員室を逃げ出した。
 足早に廊下を移動して資料を取りに社会科準備室へと辿り着いた俺は、扉を閉めると同時に身体の力が抜けてしまう。

「……お前らに名前で呼ばれたら、動揺しちゃうだろ」

 そして、そんな言葉を安堵のため息とともに溢す。
 数日前……陽愛くんから告白された。いや、正確には『陽愛くん達』になるのかもしれない。
 あの後、何もなくすぐに帰宅した俺達だったが、陽愛くんのこの発言を他のメンバーも知らされているらしく、それ以来何となくみんなが俺の答えを待っている感じがする。
 だけど……何て答えればいいんだよ。
 そりゃあ、みんなのことを好きか嫌いかと聞かれれば、答えは「好き」だ。
 でも、俺の好きとみんなの望む好きは違う。
 みんなの望む好きは恋愛感情としてだけど……俺に誰か一人を選べってことかよ。
 さらに言うならば、俺もみんなも男で、同じ職場で教職についている立場だ。
 そんな状態でどう答えを出せって言うんだ。

「あ……」

 ふと机の上のカレンダーをみて、次の授業は、以前に他の先生の都合で交換したので休みだということを思い出す。
 かといって、今さら職員室へと戻るのも面倒なので俺は準備室で一時間過ごすことにした。

「仕事に影響させてたら駄目だろ…俺」

 重いため息を吐いて、俺は一人で反省した。

 

◆   ◆   ◆

 
「雪先生、こっち向いて~♪」
「はいはい」

 放課後、いきなり教室に押しかけてきた虎に言われて俺は多少ひきつりながらもカメラの方へと顔を向ける。
 だんだんとこの非日常的な環境に慣れてくるのが嫌だ。

「土方先生、お疲れ様」
「あ……オキ、お疲れ」

 その言葉にオキはおやっとした顔をした。
 教室で俺が愛称で呼んだことに違和感があったのだろう。
 確かにね、いつもなら校内では「沖田先生」って呼ぶように気をつけてるし……でも、今の俺の頭の中はグチャグチャでそこまで気が回らないよ。

「だいぶお疲れのようですねぇ」

 そう言いながら、文化祭の打ち合わせをするフリをしながら、オキが俺の隣へと座った。

「まあ、原因は……聞かなくてもわかるよね。俺達でしょ?」
「…………」

 手元の資料を見ながら虎に聞こえないように小声でオキが聞いてくるのに対して、俺は無言で肯定してしまった。

「……やっぱり、知ってたんだ」
「当たり前でしょう。あのおじさんが勝手に人の気持ちを代弁して告白したあげく、抜け駆けまでして雪ちゃんにキスしたんだから」
「なっ……!」

 そこまでオキが知っていたことにも驚いたが、それ以上に教室でそんな発言をすることに驚く。
 なのに、オキは気にした様子もなく、俺達の写真を撮っている虎に向かってピースなんかしている。

「……俺にどうしろって言うんだよ」
「俺と付き合えばいいじゃん」

 意外な返答に俺は驚いてオキの顔を見つめてしまった。すると、オキが小さく笑う。

「冗談だよ。そんな答えが欲しいわけじゃないでしょう? 雪ちゃんは雪ちゃんのままでいいの」
「それって……」
「オッキ~!」

 俺が聞き返そうとした瞬間、教室の入り口から誰かの大声で遮られた。

「おお、北斗。どうした?」

 現れたのは、春樹のクラスの生徒で武井北斗。オキファンだということを公言していて、今回は虎同様、自ら志願してオキのカメラマンを務めている。

「今日は軽音部に行くって言ってただろ?」
「虎ちゃん捜してて、雪先生のところやろうと思たからオッキー捜しててん……」

 オキからの問いに武井の答えは噛み合っていないような気もするが、要は俺の所に来ているであろう虎を見つけるために、俺の居場所を知っていそうなオキの元へと来た……と。