第15話 

「雪くん……少し疲れてる?」
「ん~……」

 職員室の自分の机に突っ伏していると、上から陽愛くんに声をかけられ俺は気のない返事を返す。

「あえて言うなら、気疲れ……かな」

 俺がそう答えると、陽愛くんも気づいたのか隣りに座りながら小声で聞いてきた。

「例の写真が原因?」

 その質問に俺は無言で頷く。

「もう一週間だもんなぁ……オキも犯人探しに手を焼いてるみたいだしね」

 そう、東雲達から写真の件を教えてもらってからすでに一週間が経とうとしているが、いまだに犯人の手掛かりは掴めていない。
 その間にも数枚、俺の写真が校内から発見されていて内容を見る限りでは犯人は学校内の者としか考えられなかった。
 常日頃、校内で誰かに見られているのかと思うと、何だか薄気味悪くて精神的に疲れてしまう。

「今のところ、特に被害はないみたいだけど、もし耐えられなくなったら僕達に言ってね。あまりにひどくなるようなら、近藤先生や理事長に相談すればいいし」
「ありがとう、陽愛くん」

 その時は陽愛くんからの励ましに俺も少し安心していたのだが、それからまもなくして事態は急変することになった。

 

◆   ◆   ◆

「これって……雪乃くんの家の近くだよね?」
「…………」

 世界史準備室で写真を囲みながら聞いてきた涼介からの問いに俺は声もなく頷いた。
 今は昼休みで周りに聞かれたくない内容のため、陽愛くん、春樹、オキ、涼介に世界史準備室まできてもらったのだ。
 そして今、俺達の前には例の写真が数枚並べられている。
 今までは校内で俺の写真が落ちていたり、どこかに置かれているだけなのに、今日は俺の机の上にまるで見せつけるかのように写真が置かれていた。
 しかも、そこに写っているのは車を点検に出していた間に徒歩で帰宅中の俺の姿で、明らかに自宅近くまで尾行されていたことになる。

「ちょっと、冗談じゃすまないレベルじゃない?」
「今回は明らかに雪ちゃんに気づかせようとしてる意図を感じる」

 春樹が心配そうに言うのにたいして、オキも真剣な様子で言う。

「オキの方の犯人の手がかりは?」

 涼介からの問いにオキの表情が少し悔しそうに歪む。

「それが、全く掴めないんだよね……校内の色んな所で写真が見つかるから、内部の者は確かなんだけど。授業中とか関係なく置かれてるし、そんな不定期に校内を動いてたら怪しいはずなのに……そんな情報が入ってこない」
「でも、本当にまずいんじゃない? この写真を見る限り、犯人が雪ちゃんの家を知ってる可能性あるよね?」

 確かに、春樹の言うとおり、犯人がここまでついてきて俺が家に入るのを確認せずに帰るとも思えない。

「そっか。今は写真のアピールだけで済んでるけど、もしこれがエスカレートしていったら……」

 涼介の呟きに、俺は無意識のうちに自分の身体を抱き締めるように右手で左の腕の服を掴んだ。
 すると、今まで黙っていた陽愛くんが真剣な声で俺の名前を呼ぶ。

「雪くん」

 その声に俯いていた顔を上げると、陽愛くんの手がそっと俺の右手へと重ねられた。

「これはもう理事長達に相談しよう。犯人が校内にいるのは確かなんだから、理事長も黙ってないと思うし」
「でも……」

 こんな個人的なことで理事長にまで迷惑をかけてしまうとなると、ちょっと心が痛い。
 そう思って俺が躊躇うと、陽愛くんの小さな身体にぎゅっと抱き締められた。

「雪くんにもし何かあったら、嫌だよ……僕達」

 さらにはそんな言葉を囁かれて、俺の鼓動が速くなっていくのがわかる。男にこんなこと言われて、ときめいちゃってどうすんだよ、俺。

「そうだよ、俺も理事長にかけあうし!」

 涼介も俺を励ますためにそう声をかけてくれた。それに続いて春樹も元気な声で言う。

「雪ちゃんには俺がついてるんだから!」
「まあ、ハル一人じゃ不安だと思いますから、俺もいますよ」

 さらにはオキからもそう言われる。
 そんな光景をみていると、みんなが俺を元気づけようとしてくれている空気を感じて、俺の不安も徐々に和らいでいく。
 そして、頼りになる俺の仲間達は驚くほど次への対応が早かった。
 陽愛くんと涼介は近藤先生を通してすぐに理事長まで現状の説明をしてくれて、対応をとってもらえるまでの僅かな期間は春樹とオキが常に俺のそばにいてくれた。
 そんなみんなに囲まれていると、俺のことを好きだと言う彼らの本気の気持ちが……少しだけわかってきた気がする。
 何か気持ちの変化を掴みかけていた時、それを後押しするかのような大掛かりな理事長の対応の仕方に俺は驚かされることになった。

 

◆       ◆       ◆

 

「ちょっとハル、足元の荷物邪魔」
「これ運んだら退かすから待てって!」

 階段の上で自分の荷物を持ったオキに、これまた荷物を抱えている春樹が注意をされている。

「ねぇ……本当にいいのかな?」
「何が?」

 階段の上の二人を眺めながら、俺が隣りで段ボールのフタを開けている涼介に問いかけると、のんきな声が返ってきた。

「この家だよ! ただの一教師達がこんなとこに住まわせてもらっちゃってさ」

 俺がそう怒鳴ると、涼介はやっと意味を理解したらしく答えてきた。

「いいんじゃない? 理事長が貸してくれるっていうんだし」
「だけどさ……ここまで立派な一軒家だと、なんか気が引けないか?」

 たいして気にした様子もなく荷物を箱から取り出していく涼介とは対称的に、俺はどこか落ち着かない様子で家の中を見上げてしまった。