「はあぁ……」
脱衣所で大きく安堵のため息を吐いた俺は、着ている物を脱ぎ去り浴室へと入る。
そして、すぐにシャワーのお湯を勢いよく出して頭から浴びた。
お湯に変わる前のそれは冷たいものだったが、俺の火照った身体を冷ますには丁度いい。
オキに甘く囁かれてキスされて……あれだけで俺の中に眠っていた火種に火をつけるのは十分だった。
いくら最近、色々あって自分で処理してなかったとはいえ……こんなのシャレになんないって。
俺はだんだんとお湯に変わってきたシャワーの温度をかなり低めまで下げて頭から浴び続ける。
身体の中にくすぶり続ける熱を沈めるには、何も考えずに自分で処理してしまえば一番簡単だけれども……それをしてしまったら、何かが終わる予感がして怖い。
しばらく、そのままでじっとしていると身体も気持ちも落ち着いてきたので、今度はちゃんとお湯の温度をあげて浴びなおす。
これで風邪でもひこうものなら、本気で涼介が心配しそうだ。
身体を洗おうとタオルを手にすると、何やら脱衣所でガタガタと騒がしい音がしたかと思った次の瞬間、いきなりバスルームの扉が全開にされた。
「なっ……!」
「あれ? ゆ、雪ちゃん?」
俺が驚いて何も言えずにいると、同じくまさか中に俺がいるとは思っていなかったらしい全裸の春樹が驚いた顔をして立っていた。
いや、脱衣所に俺の服が置いてあったんだから、その時点で気づこうよ!
「ごめん、急に雨が降ってきたから」
その言葉に春樹をよく見ると、シャワーを浴びる前だというのに髪の毛がぐっしょりと濡れていて、雨の強さを物語っていた。
「あっ……俺、すぐ出るから春樹、先に使いな」
このままでは雨に濡れた春樹が風邪をひいてしまう。
そう思った俺は慌てて春樹とすれ違ってバスルームから出て行こうとした。
「ちょっと待って!」
なのに、突然春樹にそう言われて腕を掴まれたかと思うと、中へと引き戻された。
「な、何っ?」
「せっかくだから、一緒に浴びちゃおうよ。雪ちゃんだって、このままじゃ冷えちゃうでしょう?」
慌てた俺が聞くと、春樹は笑顔で答えた。
いや、無邪気に提案してくる春樹には悪いけど、それは無理だって!
さっき、オキとあんなことがあったばかりだって言うのに、こんな裸の状態で春樹と風呂なんて入れるわけがない。
「あ……俺は後で入るから大丈夫!」
「いいじゃん、別に。男同士なんだし」
いやいや、その同じ男である俺のことを本気で好きだって言ってんのは、どこの誰だよ!
早くここから逃げ出したいのに、いつの間にか壁際へと春樹に詰め寄られている。
顔の両脇の壁へと手を付かれると完全に春樹の腕の中から出られなくなっていた。
春樹との身長差なんてほんの数センチだけなのに、すごく高い壁に思える。
「ねえ、雪ちゃん……」
名前を呼ぶ春樹の吐息を顔のすぐ横で感じて、俺は動くに動けずにいた。
こんなに近かったら、横を向いた瞬間にキスしちゃいそうな距離だ。
すると、春樹の顔が俺の耳元へと近づいたかと思うと、そのまま囁かれた。
「この痕……誰につけられたの?」
さすがにこの言葉には反応せずにはいられない。
春樹の言う『痕』に気づいた俺は反射的に春樹の方へと振り返ってしまった。
目の前では春樹が珍しく意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「これは……んっ!」
何かしら言い訳をしようと口を開くと、いきなり春樹の唇が重なってきた。
そのまま壁へと押しつけられて、さらに深く春樹の舌が絡みついてくる。
「……ぁ……んぅ、はぁ……」
激しいキスから解放されると俺は酸欠になりかけていて、春樹へと軽く身体を預けてしまう状態だった。
「学校ではなかったよね? これ……って、ことは涼?」
聞きながら春樹が俺の鎖骨に残る痕へと指を滑らせる。
「それとも……オキ?」
その名前に言葉は出さなかったが、無意識のうちに身体が強ばったのが自分でわかった。
それに春樹がこの距離で気づかないわけがない。
「そっかぁ、オキが犯人か……ずるいよ、雪ちゃん」
拗ねたように言って春樹が俺の肩へと頭を埋めたかと思うと、首筋に僅かな痛みを感じた。
それが春樹が首筋に吸いついたせいだと気づくまではすぐだった。
「ちょっと、何やって……!」
オキの付けた鎖骨も、それはそれで問題だが首筋なんてシャツでは隠すことも出来ない。
慌てる俺とは対称的に春樹はのんきなものだ。
「だって、山ちゃんやオキばっかりズルいよ。俺だって雪ちゃんのこと好きなのに」
「だからって首筋なんて……」
「あ……見えちゃうか、そこだと」
俺が春樹の付けた痕を隠すように手で押さえると、やっと春樹は俺の言いたいことがわかったようだ。
だけど、すぐに笑顔で言葉を続ける。
「大丈夫、後でバンソーコー貼って隠してあげるから♪」
なんだよ、そのベタな隠し方!
そうツッコミたいのに、口を春樹にキスで塞がれ声が出せない。
その間にも春樹の指は鎖骨から俺の胸へと移動していく。
「は……春、樹……」
なんとか顔を逸らして唇から逃げ、春樹の身体を押し返そうとするが、春樹の指に胸の突起を捉えられて身体が震える。
「や、やだ……んっ……」
「雪ちゃん」
普段は聞かないような色っぽい声で春樹に名前を呼ばれ、空いている方の手が俺の腰へと滑っていく。
風呂場でこんな無防備な姿じゃ、逃げようがないじゃないか!
そう思った俺は、プライドも捨てて最後の手段に出ることにした。
「嫌いになるよ!」
「……へ?」
いきなり叫んだ俺に、春樹は一度身体を離して驚いたように俺の顔を見つめてきた。
「これ以上したら、春樹のこと嫌いになるからな。口もきいてやらない! 俺、本気だよ」
そう言いながら春樹を睨み返してはみたものの、悔しいことに涙目になっているだろうことが自分でもわかった。
だって、いきなりこんなことされて、わけわかんないし、すっごく恥ずかしいし……泣き落としなんて男としてみっともないけど、もうどうしていいか俺、わかんないんだもん。
こんな脅しがどれだけの効果があるかわからないが、俺にはこうするしか他に方法がなかった。
しばらく涙目の俺と無言で見つめ合っていた春樹が、ふと小さく笑う。
そして、完全に俺から身体を離して言った。
「わかった。雪ちゃんに嫌われたら嫌だから、ここでストップしておきます」
降参、というように春樹が両手を顔の横へとあげるのを俺は疑うように見つめたまま、黙っていた。
すると、今度は春樹が少し困ったように笑うと屈んで俺と目線を合わせてくる。
「ごめんね、もうしないから泣かないで。でも、普通に身体だけは洗わせてくれる?」
「……変なことしないなら」
優しい声で聞かれ、少し悩んでから俺は小さく答えた。
途端に春樹が満面の笑顔になる。
「ありがと、雪ちゃん。大好き♪」
そう言うと、春樹が素早くチュッと軽く俺の唇にキスをしてきた。
変なことすんなって注意したばかりなのに!
怒ろうとした俺だったが、春樹が余りにも嬉しそうな表情だったので、諦めて言葉を飲み込んだ。
そんな可愛い顔されたら、何も言えないじゃんか。
まだ少し疑っていた俺だけど、その後の春樹は約束通り、さっきの雰囲気が嘘かのように普通に俺の背中を流してくれた。
オキといい、春樹といい……本当に嫌いになる前でやめるからズルイ。
これだから、本気で突き放せないんだよなぁ。
春樹にシャワーのお湯を優しくかけられながら俺はそんなことを思っていた。