「……なんでミルクティーなんだ?」
答えの代わりに、そんな質問が優弥の口から零れた。
それに対して相馬は笑顔で言う。
「いつも会長、ミルクティー飲んでたから。これなら飲んでくれるかなって」
(こいつ……そんなに俺のこと、見てたのか)
優弥は周りには気づかれないように無理な量の仕事をこなしていたが、相馬だけはそれを見抜いていたようだった。
「……失恋でもした?」
確信をついた相馬の言葉で、優弥は一瞬顔を伏せてしまった。
その優弥の態度で理解したのか、相馬は優弥の言葉を待たずに手を優しく握り締め、真っ直ぐに優弥の顔を見つめると真剣な様子で言う。
「こんな魅力的な会長を振るなんて、そいつ見る目がないんだよ。俺なら、会長に辛い思いさせない」
「馬鹿言うな……」
相馬の手を振り払って、優弥は立ち去ろうとした。
すると相馬に右腕を掴まれ、引き留められる。
「俺は本気だ。俺がそいつのことを忘れさせてやる」
その相馬の言葉に優弥の心が一瞬、揺らぐ。
(高瀬を忘れられる……?)
「会長の心がまだその気にならないなら、今は身体だけでもいいよ。今の優弥を見ているのは辛い」
「相馬……」
優弥は相馬の手を振り解くと、読んでいた資料を閉じた。
「生徒会室に移動する」
「会長?」
「……来ないのか?」
優弥の言葉に相馬は笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。
「これ、生徒会室に持って行けばいい?」
そして、机の上の資料を持つと図書室のドアへと向かって歩き出した。
「ああ……」
別に抱かれるのは初めてのことじゃない。
(どうせ、高瀬にだってそう思われていたんだ。一時でも高瀬を忘れられるなら……どうなってもいい)
そんな思いで、千歳は相馬の後をついていった。
「生徒会長……?」
図書室から生徒会室に向かう途中、誰かに声をかけられて優弥は振り返った。
「お前は文化部部長の……」
「八神和彦くんだね」
声をかけた相手の名前を優弥が言うよりも先に、相馬が言った。
「一年なのに文化部代表だから、覚えてたんだ」
「そりゃ、どうも。こっちはクラスメイトです」
「ちょっとカズ! なんだよ、その紹介」
和彦が隣に立っている男を簡単に紹介すると、それが気に入らなかったのか相手は文句を言い出した。
そして、自ら名乗る。
「俺は瀬戸亮太です」
「誰も聞いていない。お前は少し黙ってろ」
「カズ~……」
亮太は和彦に怒られ、大人しくなった。
(……調教?)
目の前の二人のやり取りを見ながら、優弥はそんな感想を抱いていた。
この二人のことは優弥も知っている。
千歳と同じクラスで、よく一緒にいるのを見かけたことがあるからだ。
そして、和彦に関しては相馬の言うとおり、一年にして文化部部長を務めていることで、優弥も一目置いていた。
「今日って部活代表の集まり、ありましたっけ?」
優弥と相馬が一緒にいることが気になったのだろう。和彦がそう質問した。
「あ……いや……」
「俺が個人的に会長のお手伝い」
答えに優弥が悩んでいると、相馬が笑顔で代わりに答えた。
「個人的に……ですか」
何かを探るように和彦が優弥達を見つめる。
その視線に優弥が後ろめたさを感じていると、いきなり相馬に肩を抱かれる。
「ほら、会長。時間なくなるから、そろそろ行こう。じゃあな、八神」
そう言って、優弥の肩を抱いたまま生徒会室へと歩きだす。
「あっ、会長!」
慌てたような和彦の自分を呼ぶ声を背中で聞きながら、優弥は相馬に連れて行かれた。
結局、相馬に肩を抱かれたまま、生徒会室まで着いてしまった。
「この資料、ここに置けばいい?」
「ああ……」
資料を持った相馬は先に入り、そう言って資料を机の上に置いた。
生徒会室のドアが閉まると放課後の雑音が閉ざされて、そこだけ違う空間になったかのような感覚になる。
「眼鏡、返せよ」
相馬との沈黙が気まずくて、優弥が口を開く。
「返してもいいけど、まさか仕事始めるなんて言わないよね?」
「言わない……」
優弥が答えると、相馬は胸ポケットから眼鏡を取り出した。
それを受け取り、優弥は眼鏡ケースへと眼鏡をしまう。
そのケースをカバンに入れようとしていると、いきなり後ろから相馬に抱き締められる。
「お、おい!」
カバンに入れ損ねたケースが机の上へと落ちた。
優弥が腕から逃れようとすると、相馬はさらに強く抱き締めてきた。
「何? これが目的でしょ。わかっていて、会長もここに俺を誘ったんだろ」
「あっ……!」
いきなり身体を反転させられたかと思うと、相馬と向き合う形で優弥は机の上に押し倒された。
その拍子に、椅子が倒れて大きな音をたてたが、相馬は気にせず優弥の上へと覆い被さってくる。
「やだっ!」
相馬の唇が重なってきそうになって、優弥は咄嗟に横を向いて避けてしまった。
「会長、キス嫌いなの? 他のやつにもあまりキスさせないタイプ?」
キスを拒まれて、ちょっと不満そうに相馬が聞いてくるのに対して、優弥は一言だけ答える。
「……そうだ」