第9話

「雪ちゃん、オキばっかりズルい!」

 しばらくすると、春樹がふて腐れたように騒ぎだした。
 もう、この頃にはみんな、きっと酔っていたんだと思う……いや、酔っていた。
 そんな状態で、俺は自由になる左手で春樹を手招きした。

「わかったわかった。ほら、春樹もおいで」
「わーい、雪ちゃん大好き♪」

 途端に笑顔になった春樹が俺の空いている左腕へと飛び込んできた。

「よしよし、二人とも可愛いよ」

 そう言いながら、俺は擦りよってくる二人の頭を撫で続ける。

「ごめん、遅くなっ……」
「仕事が長引い……て……って、何やってんだよ?」

 その両手に花(って言っていいのか?)状態の酔っぱらい三人を、タイミング悪く部屋へと入ってきた陽愛くんと涼介が見て言葉を失ったのは言うまでもない……。

 

◆   ◆   ◆

 それから数日後、結局、俺達はオキからの熱心な頼みに折れて校内限定ユニット・SHIN‐SEN‐GUMIを結成することになった。
 さらにはどうやらオキが上手いこと理事長におねだりしたらしく、俺達のその謎の企画に理事長からの援助金まで支払われることになり、その話題は一気に校内へと広まることになってしまった。
 そして、涼介の家庭科部の生徒達が俺達の衣装を作ると言い出したり、オキのパソコン部が映像加工をしてPVを作ると言い出したり……何だか俺の知らない所で、一気に文化祭へ向けてお祭りモードに突入していた。
 俺、ただの世界史教師のはずなんだけどな~。
 そして今、俺はオキからのお使いで涼介のいる家庭科室へと訪れていた。

「斎藤先生、お疲れ。沖田先生に頼まれてきたんだけど」
「ごめん、もうすぐ終わるから隣の準備室で待ってて!」

 家庭科室に入ると中では部活動中の女子生徒に混じって、涼介が何か忙しそうに作業していた。
 邪魔をしてもいけないので言われた通り、涼介の仕事場である準備室へと移動して待つことにした。
 近くの椅子に座り、ふと涼介の机へと目を向けると……。

「何でこんなの置いてるんだよ」

 見てはいけないものを見つけて、一人で赤面してしまう。
 だって……涼介の机の上の小さなボードに俺の写真が貼り付けられてるんだもん。
 こんなのを生徒にでも見られたらどうするんだよ。

「おまたせ」

 そんなことを思っていると、ちょうど涼介が準備室へと戻ってきた。
 そんな涼介へと俺は非難の目を向ける。

「お前……仕事場にこんなの貼っておくなよな。誰かに見られたらどうすんだよ」

 なのに、涼介は平然と答えてきた。

「いいじゃん、別に」
「よくない! 俺が恥ずかしいだろ」

 そう怒鳴ってみるが、涼介は全然悪びれた様子もない。

「雪乃くんが頻繁にここに来てくれるって言うならしまうけど?」
「そんなこと出来るわけない!」

 俺が家庭科準備室に通いつめてたら変に思われるじゃないか。
 料理は出来ない、裁縫も不器用過ぎて出来ない俺には無縁な場所だぞ。

「俺と雪乃くんが幼馴染みだってことは校内で有名なんだから、一緒にいても気にすることないじゃん」
「そんなの子供のころの話だろ!」

 小さい頃ならともかく、いい歳した大人の男がベタベタ慣れ合っていたらおかしいだろ。
 だから全力で拒否すると、涼介が一瞬、寂しそうな表情を見せたかと思うとすぐに不機嫌そうに言った。

「じゃあ、写真はこのまま」
「お前……!」

 年下のくせに、後輩のくせに反抗的な態度をとる涼介に怒ろうとした瞬間、ズイッと何かが顔の前へと差し出された。

「そんなことより、これ……今日の調理実習で作ったんだけど、食べない?」

 そう言った涼介の手にあったのは、卵がフワフワでいい匂いのするオムライスだった。

「…………」

 こいつ……食い物で俺のことつろうとしてるな。
 いつもだったら手放しに喜んで食べる俺だが今の状況で涼介の思い通りになるのが悔しくて、返事を迷う。
 でも……涼介の料理って美味しいんだよな。せっかく今なら温かそうだし……。
 それにオムライスは涼介の一番、得意な料理でもある。
 昔、ちょっと反抗期な頃の涼介が俺に作ってくれたことがあり、当時、少し涼介と気まずくなっていた俺はそれがすごく嬉しくて、涼介のオムライスを褒めたのだ。
 それ以来、涼介はよくオムライスを作ってくれるようになり、だんだんとその味もレベルアップしてきた。

「……写真の件、許したわけじゃないからな」

 結局、俺は目の前の誘惑に負けた。
 まあ、このオムライスには何の罪もないし。
 そう思って皿を受け取ると、涼介が嬉しそうにスプーンを手渡してきて俺のそばへと座った。

「いただきます」

 凝視されながら食べるのも居心地悪いが、俺は小さくそう言うとオムライスを掬って口へと入れる。
 ……あ、やっぱり涼介の料理、うまい。
 一度そう思ってしまうと、俺は涼介と険悪ムードになったことも、その涼介が食べている俺のことを見ていることも忘れて、オムライスを頬張っていく。
 すると、しばらく黙っていた涼介が小さく呟く。

「……俺はさ、みんなみたいに出来ないから」

 涼介の言葉の意味がわからず、俺が食べる手を止めて次の言葉を待つとそれに気づいた涼介が静かに話始める。

「俺は山くんみたいに当たり前のように雪乃くんに頼みごとすることも出来ないし……オキやハルみたいに無邪気に甘えることも出来ない」

 今、涼介が言っているのは陽愛くんのワイシャツなどの着替えのことや、この前の飲み屋でのことだろう。

「だから、雪乃くんにとっては、俺は小さい頃に少し遊んだことがあるだけの、ただの可愛いげのない後輩でしかないかもしれないけど……」

 そのまま俺が黙っていると、なんだか今にも泣きそうな声で涼介が呟いた。

「俺だって、みんなと同じで……雪ちゃんが好きなんだよ」

 涼介が今は決して呼んでこない小さい頃の呼び方で俺の名前を呼んだ。